暗夜行路
短編小説で有名な志賀直哉唯一の長編物で、大正10年から連載が始まり紆余曲折を経て昭和12年に完成した日本文学史に残る名作です。
この作品を一言で説明するならば、「運命の徒に翻弄されるべく産み落とされた一人の男が辿る精神史」と云えるでしょう。
主人公である時任謙作は、祖父と実母の間に生を受けたと云う呪われた事実から逃れようと煩悶し輾転と苦しみ続けます。仕事に邁進しようと努めても楽して得られず、自暴自棄になり肉欲に耽溺したりもしますが、それも根本の解決とは成り得ません。唯一の人と決めて偕老同穴を願った愛する妻もその血縁に乱暴を受けてしまいます。不可抗力としての不運が主人公を襲い続けます。精神の衛生を計る為に籠もった山中で病気を患った主人公は、死を目前にして初めて悟りにも似た達観を得る…と云うのが簡単な粗筋です。
悲劇の代名詞である芥川龍之介本人が「彼に較べたら私の人生など大した事はない」と死ぬ直前まで持参し続けた事ででも有名な作品です。
暗夜行路は小説として見て必ずしも完成度の高い作品だとは思えないのですが、恵まれない人間が健常を取り戻そうとする過程を克明に描いていると云う点で優れた作品となっています。
汚穢の地である現代に生きる私達に何らかのヒントを与えてくれる一冊と云えるのではないでしょうか。
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