こころ
大正3年朝日新聞に連載された夏目漱石が48歳の時の小説です。
私がこの作品を読んだのは18歳の頃だったと思います。文学少年であったのでそれまでにも多くの書物に慣れ親しんでいたのですが、この小説を読んだ時の衝撃は非常に大きく今でも決して忘れられません。
漱石と云うと「吾輩は猫である」「坊っちゃん」が一般的には有名で代表作として挙げられる事が多く、私も類に漏れずそう思って疑いもしませんでした。
しかし「こころ」以降買い集めた中期以降晩年の小説を読んで、その考えと印象の間違っていた事に気付かされました。
いま見ると「猫」は読書を楽しませようとしただけで続けた戯作であり、「坊っちゃん」は田舎者を馬鹿にしたかった漱石の皮肉をしか読み取れないのです。「坊っちゃん」に単純な勧善懲悪を見て痛快だとする評価は漱石を知らない人が語る浅墓でしかないでしょう。
「こころ」は精神の潔癖を説いた小説です。
偶然先生との知己を得た「私」が語り部となり、先生の過去を遺書と云う形で告白される形式が取られています。これから読む方の事を考えて詳しい内容には触れませんが、脂が乗り切っている頃の漱石の作品であるので、文章、構成とも完璧な高みで融合されていて読み手を飽きさせません。先生が自らを裁断しなければならなかった意味も自然と胸に入って来るようで無理を感じさせないのは文豪の力量でしょう。
現代に生きる私達に足りないものは日本人的な道徳なのではないでしょうか。精神が汚辱されるのであれば死を選ぶ覚悟さえ厭わない。明治の時代にはあった朱子学から独自発展した武士道の精神を取り戻す為にも、一般的に読み易いこの小説を読む事を強くお奨めしたいと思います。
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