乱
1985年に公開された黒澤明監督の27作目の映画です。
私が初めてリアルタイムで見た黒澤作品です。
それ以前から黒澤明が世界的な映画監督であると云う話はよく耳に挟むところでした。しかし未だ黒澤作品に触れた事のない私には何を以て世界的とするのかが理解出来ませんでした。
それどころか日本人が世界で評価されていると云う事実が不思議に思えて仕方がなかったのです。
当時の私は米国人が最も優秀で日本人は限りなく劣等なものだと信じていました。何故そう思っていたのかは判然としませんが、それまで生きて来た中での風潮と教育が原因であったと今では考えられます。
そのような疑問を抱えたまま「乱」を鑑賞しました。
160分の映画を見終わった私の胸中は言葉でなど表現し尽くせない感動と興奮で満ち溢れて、暫くは身動きも取れないほどでした。
同年代の中にあってはかなり多くの映画を見ていたと自負していたのですが、このような感動を受けたのは勿論初めてであり以後二度と経験する事はないだろうとさえ思えました。
「乱」の何がそれほどまでの感動を提供したのかと問われれば簡潔に答える事が出来ます。
「完成度」この一言に尽きます。
「乱」は全てが完璧に出来上がっていて破綻を感じさせなかったのです。ハリウッド映画で育った私は常に作劇上の嘘を感じてはいたものの娯楽と云う性質に妥協して今迄を過ごしていたのでしょう。
映画とは楽しめる事だけを前提とした虚構である。全ては「乱」に覆されました。それこそ価値観の崩壊とも云える衝撃を総身に浴びせかけられたのです。
ここから黒澤明を追い求める長い旅が始まりました。先ずは全作品を見る必要に駆られて、地元にある殆どのレンタルビデオ店に通う事としました。廃盤になったビデオは古本屋で探しました。序でに黒澤明の記事が載っているキネマ旬報も扱いの大小に関わらず買い漁りました。地方の団体が催す映画上映会にも出掛ける事を厭いませんでした。また黒澤明が見たとされる映画、読んだと聞いた書物も自らの物にしようと躍起になりました。
随分な労力を使ったのですが、'90年初頭に東宝が黒澤明の全作品をビデオ化するまで長く褒賞は得られませんでした。ただ私は大事な物を得た事実に気付きました。それは自らの行動力です。それまでの私は飽きっぽい性格もあって物事に拘泥すると云う事がありませんでした。しかし、そんな薄弱な人間でも夢中になりさえすれば前後もなく行動出来るのだと身を以て知ったのです。
私は幼い頃に父親を失っているので、その代わりに男と云うものを教育してくれたのは黒澤明だと今でも思っています。
白黒時代の黒澤映画からは強い男の在り方を学び、カラーになってからは男の弱さと悲しさを教育されました。黒澤明本人からも「駄目なものは駄目、良いものは良い」と云う態度を授かりました。
私の人間形成の大なるところを担う黒澤明との出会いを提供してくれた「乱」は作品の完成度とはまた別の次元で私にとって最も偉大なお気に入りだと云えるのです。
| 固定リンク
コメント
はじめまして
僕も『乱』は完璧な作品だと思うのですが、なかなか理解する人は少ないようです。
他にどんな作家の作品が素晴らしいと思いますか?
教えていただけると幸いです。
ブログ楽しみに読ませていただきます。
とりいそぎ、では
投稿: 関本洋司 | 2007/11/11 21:35
関本さん初めまして。管理人のバブシカと申します。
「乱」は意外と評価されていませんよね。
映画は目で見るものだと云っていた淀川さんでさえ、キネマ旬報の80年代ベストテンでは「影武者」より下位に選んでいました。
逆に影武者こそ黒澤作品の中では完成度の低い映画だと思うのですが……。
他の監督ではタルコフスキーとヴィスコンティが好きです。
作品によってはキューブリックや溝口も好きですね。
先日NHKで森田「椿三十郎」のメイキングを見たのですが、思っていた以上に酷い作品となっているようです。
ジャニーズ主演の「隠し砦の三悪人」は言わずもがなでしょうね。
投稿: バブシカ | 2007/11/13 09:02