それから
明治42年に朝日新聞へ連載された夏目漱石42歳の時の小説です。
前年に書かれた「三四郎」、そして本作、後に書かれた「門」が連作となっていて、漱石の青春3部作と呼ばれています。
「三四郎」では大学生の実る事がない淡い純愛がテーマとなっています。「それから」では高等遊民である青年が、昔愛してはいたものの友人に周旋してしまった女性を奪い取るまでが描かれています。そして「門」では地位、名誉、財産を失った平凡な男の日常と、悩みから解脱しようとして失敗する様が淡々と綴られて行きます。
以前紹介した「こころ」は青春3部作の解答編と云っても良いでしょう。
連作と書きましたが、実際には登場人物が一致している訳でもなく、内容が繋がっていると云う事でもありません。ただテーマとしての流れが存在しているのみなのです。
「いろいろな意味においてそれからである」
これが朝日新聞の連載前に漱石が掲げた予告の言葉です。
なんて斬新な題名の付け方なのでしょう。私は「門」を読んでいる途中でこの事実に気付いて大変感銘を受けました。また同時に目から鱗が落ちました。
題名とは作中の主となる人名や地名、また中身を云い表す具体的な単語であると思っていたのです。それに比較して「それから」と云う題名の何と抽象的な事でしょう。それでいて的確に内容を把握している言葉としての力に驚きました。ここに表現の可能性を授かったと云っても良いと思います。
漱石自身は題名には大した拘りを持っていなかったそうで、「門」に至っては門下生にお任せして放って置き、新聞の広告を見て初めていま自分の執筆している小説の題名を知った……と云う逸話も残っています。
しかし漱石の小説は中身を伴った素敵な題名が多いと思います。「吾輩は猫である」を始めとして「琴のそら音」「草枕」「行人」「道草」「幻影の盾」「永日小品」「夢十夜」などなど。「彼岸過迄」はお彼岸辺りまで執筆しようと思ったからだそうですが。
「それから」は若い人にお奨め出来る小説であると思います。主人公である長井代助の冷静な態度と独善的な思想は当時の書生たちにも大きな影響を与えました。武者小路実篤や菊池寛などがそうであったようです。ニヒルな芥川龍之介はその影響に感化された人たちを揶揄したりもしています。
しかし長井代助は社会的な地位から抹消される事を承知で人妻を愛して我が物としてしまうのです。それからの消息は「門」に詳しいと云えます。
あまりにも有名であり過ぎるが為に具体的には知られていない夏目漱石ですが、日本近代文学史に確固たる足跡を残した巨人である事には変わりありません。今の文学にはない豊富な語彙、流麗な文体からは学ぶべきものが多く含まれています。もし機会がありましたら一読して見る事をお奨めします。
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