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2004.12.26

スカイキッド

skykid

1985年にナムコから発表されたビデオゲームです。

8方向レバー1本、ショットと宙返りの2ボタンで自機を操作する強制横スクロールのシューティング物となっています。進行方向が左と云う横シューティングは珍しいですね。他には特に思い当たりません。

本作を初めて見た時は貧弱なグラフィックに愕然としました。当時のアーケードゲームとは時代の最先端を行くものである筈でした。ファミコン並に淡泊な美術と没個性的なキャラ造形が王者ナムコの手になるものだとは信じられなかったのです。
そう思わせるほどユーザーにとって当時のナムコは別格であり信頼を得ていたと云えます。本作がナムコ帝国崩壊の旗手と見る人も多いでしょう。事実これ以降のナムコゲームは斬新なアイディアを失いつつ時代の波に取り残されて行くのですが……。

ネガティブな事を書いてしまいましたが、改めて本作のゲーム内容を見てみるとそれほど悪いものだとは思えません。撃つ避けるが基本のシューティング物として色々なアイディアが盛り込まれています。
ショットに射程距離が設定されている仕様なのですが、これは敵の持つ様々な攻撃方法などを上手く活かした上で最良のバランスが取られていると思います。
緊急回避に使われる「宙返り」は本作の最もアイディアらしいところです。回数は無制限で効果の持続中は無敵となります。レバー入力を伴う事で何種類かの軌道を持ち移動手段としても有効に機能しています。しかも非常にテクニカルな感を抱かせてくれます。
また宙返り中には普段不可能な方向へショットを撃つ事が出来て、上級者であれば効果的に扱えるようになります。

敵に攻撃を受けてもその時点ではミスにならず、地面や障害物に衝突する事で初めて残機が減るようになっています。墜落途中にレバーとボタンを連打すると復帰出来る仕様はプレイヤーに納得を授ける優れたアイディアだと云えるでしょう。

面途中にある爆弾を入手して敵基地や戦艦に命中させるのが本来の目的なのですが、遂行出来なくても敵撃墜率で面クリア出来る融通性もあります。
爆弾を入手した後は宙返りボタンが爆弾投下ボタンとなります。敵基地を破壊する為には面途中から宙返りが出来なくなるリスクも考えられた仕様です。

こうして見ると良く考えられた佳作に思えますね。実際プレイしていて詰まらない内容ではありませんしゲーム性も低くないのです。しかし本作が評価されていない理由はナムコゲームらしくなかったからだと思います。もう少し厳密に云えばナムコゲームらしくないグラフィックによる印象度にあったのではないでしょうか。
独創的なキャラクター造形には定評のあったナムコだけに、鳥山明の出来損ないのような本作の世界観が受け入れられなかっただけだったとも云えます。
ナムコに対して過渡な思い入れのなくなった現在に本作を冷静に遊んで見て、初めて本作の面白さを享受出来たと感じられました。

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2004.12.25

ラスタンサーガ

rastan

1987年にタイトーから発表されたビデオゲームです。

8方向レバー1本、剣とジャンプの2ボタンで主人公ラスタンを操作する任意スクロールのアクション物となっています。
ゲーム的に見て特にここが新しいと云う点はないのですが、音楽だけは突出して素晴らしい出来映えです。世界観はアーノルド・シュワルツネッガーの出世作「コナン・ザ・グレード」シリーズから材を得たものだと思われ、ダイナミックな色彩のグラフィックと共にそのヒロイックファンタジーらしさを演出しています。

ゲーム性はどちらかと云うと淡泊なのですが、敵を倒した時の効果音がまた良く出来ているため十分遊べるレベルに仕上がっています。効果音の重要性を再確認させられるほどです。

他のゲームにはない仕様としては、攻撃ボタンを押さなくても剣に当たり判定がある事ですね。
敵当たり判定との兼ね合いもある為に、これを直接攻撃の手段とする事は殆どないのですが、武器を入手する際には必要となって来ます。今迄あまり語られる事のなかったギミックとしての発展性が隠されているような気もします。

個性に乏しい作品ですがゲームバランスが統制されています。難易度も程良い印象ですし、入手出来る3種類全ての武器は何れも使い勝手が良好です。レバーとボタンを併用した剣技の数々や、ジャンプ中の攻撃力が2倍になるなどテクニカルな側面も簡素ながら持ち合わせています。
しかし旧態依然としたブロック積み重ね型の背景グラフィックなどには興醒めさせられてしまいますね。昔ながらのアクション物を当時の技術で作り直して見ました……この一言で全て云い現せられる内容と云えるでしょう。

本作は日本よりもアメリカで大ヒットしたそうです。ヒロイックファンタジーの土壌がある本国ですし、或る程度の力押しでクリアする事が可能なゲームだと考えれば至極当然の感も帯びて来ます。
私も当時よく遊んでいたのですが、体力が少なくなると心臓の鼓動がリアルに鳴り響く演出の印象しか残っていません。特に悪いところも見当たらず適当な時間を費やせる普通のゲームだと思います。

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2004.12.24

闘いの挽歌

trojanr

1986年にカプコンから発表されたビデオゲームです。

「1942」「戦場の狼」「魔界村」など同社がゲームに冠するタイトルには凡庸ならぬ素晴らしいものが多いと思うのですが、本作のこれは少し外していますね。当時人気のあった香港映画「男たちの挽歌」からそのまま剽窃したものだと考えられます。因みに海外版のタイトルは「TROJAN」で3面ボスの名称から取られています。

ゲーム内容は「スパルタンX」の発展系であり、左右から出現する敵を判断よく倒して行くと云うものとなっています。敵種類の増加、個性的な中ボスと面ボス、上下スクロール面、フィールド上下段の移動など時代に即した発展が為されていてプレイヤーを飽きさせません。

操作は8方向レバー1本、剣と盾の2ボタンを使用します。レバーでジャンプするタイプのゲームですが操作性は良好だと云えます。

本作の売りとしてゲームに奥深さを提供しているのが「盾」ボタンの存在です。
用途は勿論防御に使用する訳ですが、敵の攻撃方法を熟知して効果的に扱わなくては1面クリアもままならないほど重要なものとなっています。
盾ボタンを押しながらレバーを操作する事で上中下の防御態勢を取る事が出来ます。非常にテクニカルであるのは認めるのですが、かなり煩雑な仕様だとも思えます。
ゲームとして考えると攻撃と防御が別個のボタンに割り当てられている事自体が失敗していると云えるでしょう。
攻撃主体のゲームである筈なのに防御する事に重きが置かれている……大いなる矛盾があり二律背反が上手く機能していないように感じられます。結局はプレイヤーに対する足枷としか思えません。
「盾」と云う新しいアイディアに固執したが為の失敗作となってしまったのです。これまでになかったシステムであった事も禍いして難度が跳ね上がり短命なゲームとなってしまった事ででも証明されていると云えるでしょう。

防御と云う観点から見ると以前紹介した「ニンジャウォーリアーズ」が良く出来ていると思います。攻撃ボタンを押し続けていると防御態勢を取ると云うシステムです。敵の飛び道具が多く、ボスと闘う際には確実に使用しなければならないほど頻度が高く出来上がっているのですが、攻撃ボタンを押し続けると云う感覚的に理解し易い操作となっているので、防御主体のゲームとは思えません。防御しながらでも移動可能な点も「闘いの挽歌」とは異なる部分でありストレスを感じさせません。

本作は「スパルタンX」タイプのゲームとして非常に高い完成度を誇ってはいるのですが、煩雑な「盾」システムの所為でヒットするまでには至りませんでした。
同時に高難度のゲームとしても有名な作品なのですが、盾の扱いに慣れてしまえば極端に難しいと云う訳でもありません。敵を倒す爽快感とそれに伴う緊張感も突出して優れています。個人的にも大好きな作品だけにマイナーゲームのレッテルが貼られている事実が残念でなりません。

もし現在にプレイ出来る環境をお持ちの方でしたら、攻略サイトでも見ながらゆっくりと遊んで欲しい作品であります。本当に面白いゲームなんですよ。

最後にもうひとつ、本作は2周クリアエンドのゲームとなっていて、最後のボス「剣王アキレス」はビデオゲーム至上最強の敵と呼ばれています。

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2004.12.23

ツインビー

twinbee

1985年にコナミから発表されたビデオゲームです。

同社の新基板バブルシステムの第1弾として登場した本作は、ゼビウスの亜流ゲームとしては最も有名な作品と云えるでしょう。ほどなくして発売されたファミコン版が大ヒットした事もその要因です。

8方向レバーと対地対空の2ボタンで操作する基本システムはゼビウスと同様ですが、新たに導入されたパワーアップが本作の肝となっています。
浮遊する雲に隠れたベルを出現させてショットを5発ずつ打ち込む事で、ベルの色が変化(青→白→緑→赤)して行きます。そのベルを取得すると色に応じて自機がパワーアップすると云う仕様です。

ベルも敵空中物と同様に対空ショットで打たなければならない為、思ったようにはパワーアップ出来ないもどかしさがあります。これを欠点とする向きもあるでしょうが、ジレンマとして上手くゲーム性に結び付いているとも考えられます。

ベルを打ち続ける(赤→15発)と蜂に変化して襲って来ますが、これを倒すと高得点になると云うのも面白い仕様ですね。

対地攻撃は或る程度の融通を持っており、自機と対象物の縦軸が大体合っていれば命中してくれます。これは非常に良く出来た仕様だと思います。
当時多くあったゼビウスの亜流ゲームですが、対地攻撃の当たり判定がシビアなものが殆どでストレスを感じさせるのが常でした。
本作を面白く感じさせる縁の下の力持ちがこの対地攻撃のシステムだと考えられます。ゼビウスのように常時照準が出てない事も手伝ってテクニカルな印象も抱かせます。当時の言葉にするとファジーな魅力とでも云えば良いでしょうか。

ゲームとして見ると本作のゲーム性は薄い方だと思います。しかし常に画面上にある何かを打っていると云うシューティング物としての作業感と、地上物破壊の達成感、それに伴うアイテムの取得がプレイヤーを飽きさせません。
最終的なゲーム性はと云うと……青ベル(スピードアップ)を好みで数個取得し、赤ベルでバリアを張り、3方向ショットの地上ベルを取った状態で進み、黄色ベル(点数500~10000点)を取り続けて行く事になります。このゲーム的なテンポが素晴らしく面白いのです。バリアを張り代える瞬間のリスクも楽しい瞬間であると云えるでしょう。

本作もバブルシステムの次作「グラディウス」のように、プレイ時間とパワーアップの段階で難度が上がって行く仕様になっています。この辺りのゲームバランスが練り込まれていないので、一度死んでしまうと復活が困難でそのままゲームオーバーとなってしまう事も多いのですが、本作に限って云えばこれも「味」になっているように思えます。

SF的な背景一辺倒だったシューティングゲームにポップでカラフルな世界観を提供した本作は紛れもない名作と云えるでしょう。現在に遊んで見ても十分に楽しめる内容となっていますよ。

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2004.12.22

ラビオ・レプス

rpunch

1987年にビデオシステムから発表されたビデオゲームです。

ビデオシステムと云うと脱衣麻雀の印象しかなかった頃に発表された本作でしたので、意外な感に打たれましたが様々なアイディアを盛り込んだ意欲作となっています。

ゲーム内容はウサギの格好をした自機を操る強制横スクロールのシューティング物で、8方向レバーとショット、ミサイルの2ボタンを使用します。
横シューティング物としては珍しく地形に触れてもミスになりません。これは自機のデザインから導き出された必然だとも思います。地面に近付くと自らの足で歩行したり、レバー操作でジャンプ出来るところなどはアクション物らしい雰囲気も醸し出しています。

新しいアイディアとしては、敵にごく接近してショットボタンを押すとパンチが出せる事でしょう。これは通常ショットの16倍の威力を持っています。耐久力の高い敵の出現場所を憶えてパンチで先制攻撃するのが本作の攻略法と云えます。
これは非常に面白い仕様だと思うのですが、暗記ゲームとしての側面を浮き彫りにする欠点ともなっています。

ミサイルは誘導弾となっていて役に立ちますが弾数制限があります。比較的多く補充出来るようになっているのですが、緊急回避的な使われ方をするので使用頻度は低く面白味に欠けています。ミサイルを使用しない事で全面クリア時にボーナスが入る事も邪魔をして使い難いものに思わせます。

面構成や敵キャラクターの動きなども良く考えられていて好感が持てます。しかし、自機が比較的大きい設定とアクション物を思わせる仕様がシューティングゲームとしての爽快感を減じてしまっている感がありますね。
それと倒せない敵が出現するのも悪い部分と云えます。無敵の障害物キャラが多すぎるのです。

グラフィックが独特な世界観を作り出していて美しいのですが、キャラクターの設定におふざけが多いのも硬派なシューティングを求めるユーザーには不評であったと思います。ウサギのコスプレをしたお姫様を助けると云う物語は脱衣麻雀のビデオシステムらしいと云えばそれまでですが。

ゲーム性も低くなく面白い内容ではあるのですが、シューティング物として考えると中途半端なゲームですね。
内容はこのままでも中解像モニターを用いプレイフィールドを広大にし、シューティングとしての爽快感を強くすれば現在でも楽しめるゲームになるのではないでしょうか。
一般への認知度が低い本作ですが、制作者のゲームに対する熱い思いが伝わって来る隠れた名作のひとつだと思います。

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2004.12.21

オメガファイター

omegaf

1989年にUPLから発表されたビデオゲームです。

強制縦スクロールシューティング物なのですが、様々な新機軸を盛り込んだ意欲作となっています。
先ず舞台設定が一機の巨大戦艦上のみとなっていて、要所要所に設けられた核を破壊して行くと云う流れで進みます。これを全て破壊すると1周クリアです。当時はハードが高性能になり表現力も豊かになった事で、ゲーム内演出の幅も広がりました。個別の面を持つ作品であれば、それぞれに特色を持たせるべく独自な構成を考えるのが普通でしたし当然だったと云えるでしょう。本作はそれを逆手に取り巨大戦艦のみを舞台として統一性を計ったのだと思います。

操作は8方向レバーとショット、特殊攻撃の2ボタンで行います。
ショットのパワーアップシステムも変わっています。2種類の武器を選択する形が取られており、Wのアイテムを連続して取る事でショットの幅が広くなり、最終的には画面全体をカバー出来るようになります。
Oのアイテムを取るとショットの威力が上がって行きます。これも連続取得する事で威力が上がって行くのですが、その度にショットの射程距離が短くなってしまいます。最終的には自機の前1キャラ分ほどの射程しか持たない事になります。
かなり極端なパワーアップシステムだと云えますね。実際のゲームではWは威力が低い為に使えない武器となっていて、Oを好みに合わせて4つほど取得して進む事になります。

特殊攻撃ボタンはシールドのアイテムを所持している時にのみ使用出来ます。シールドは定期的に画面上部から出現し自機の左右に2個まで装備する事が出来て敵の攻撃を防いでくれます。
装備時にボタンを押す事で敵の動きを一定時間スローモーにする事が出来ます。これが本作の目玉フィーチャーであり以下に述べる得点システムと密接に関係しています。

本作では敵を自機の近くで倒せば倒すほど高得点が得られるようになっているのです。遠くから1倍~、近くでは10倍とかなりの差があります。
10倍の距離で敵を倒し続ける事で、画面内の敵を全滅させられる特殊シールドが入手出来たり、1UPボーナスを貰えたりと工夫されています。
また面クリア時には最も多く倒した敵の距離でその倍率のボーナスが入ります。

特殊攻撃で敵の動作を遅くして如何に近距離で倒しボーナスを稼ぐか……これが本作独特のゲーム性を導き出す部分であり最も新しいところと云えるでしょう。
非常に斬新なゲームでシステム的にも優れた作品ではあるのですが、その斬新が一般はおろかマニアにさえ理解されず短命で終わってしまった不運なゲームとも云えます。別の見方をすれば爽快感の求められるシューティング物には不向きのシステムであったのかも知れません。

本作の作者は藤沢勉さんと云う方で、UPL社の殆どのゲームを企画した名物デザイナーです。「忍者くん」「ぺんぎんくんウォーズ」「アトミックロボキッド」などが氏の代表作でしょう。かなり先鋭な作風を持った氏ですが「忍者くん」以外まともなヒット作には恵まれませんでした。そうしてUPLは倒産し、藤沢さん自身も若くして病気でお亡くなりになりました。
ゲーム制作者がまだ世間に認知されていない頃から実名でマスコミに登場し、作品が持つ責任を自らで請け負いゲーム業界を批判し続けていた氏は立派だったと思います。
個人的に大好きなゲームデザイナーであった氏ですのでいま改めてお悔やみを申し上げたい気分です。

  最近知ったのですが、本作品の企画はタイトーを退社されたばかりのMTJ氏だそうです。これは意外でした。

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2004.12.20

ジェミニウイング

gemini

1987年にテクモから発表されたビデオゲームです。

強制縦スクロールのシューティング物で、8方向レバーと2ボタン(通常ショットと特殊攻撃)を使用します。
先ず当時のテクモらしい美しい色使いが目を惹きます。音響の面ではBGMよりも効果音に音量が多く割り振られており、シューティング物としての充実感を高めようとしている工夫がされています。

最も特徴的なのはパワーアップのシステムだと云えるでしょう。特定の敵を倒すかアイテムを引き連れて現れる敵を倒す事で、パワーアップ及び特殊武器を入手する事が出来ます。
入手したアイテムは自機の後方に数珠繋ぎに蓄積されて行き、特殊攻撃ボタンを押す事で順番にひとつずつ消費されて行くのです。
その殆どは自機の状況を有利にする特殊攻撃なのですが、スピードアップや1UPまでも本システムの中で運用されている為に、即効性を持たないようになっています。
特殊攻撃のみであれば面白いアイディアだと思うのですが、パワーアップだけは入手した瞬間に効果が現れた方が良かったのではないでしょうか。制作者の考えたような戦略性は確かに存在するのですが、プレイヤーからして見ると非常にもどかしい感だけが募ります。

シューティングゲームとしてのゲーム性にも多少の難があります。
自機ショットが貧弱なのです。連射能力が低くショット速度も遅い為に爽快感が欠如していると云えるでしょう。
自機が比較的大きな設定もプレイフィールドを狭めていて、ちまちまとした印象を与えます。
もうひとつゲーム性を低下させているのが効果音の問題です。BGMよりも効果音に音量が割かれていると書きましたが、これが逆の効果をもたらしていると云えます。
雑魚敵などを倒した瞬間の効果音は良く出来ていると思います。しかし耐久力のある敵にショットを打ち込んだ時の効果音が適正ではないのです。乾いた金属音がその効果音となっているのですが、音量の高い事と相俟ってダメージを与えていないのではないかと錯覚させられてしまうのです。
これは今迄にあったゲームとしての約束事を反古にしているからであるのと、人間の心理を無視したが為の失敗であると考えられます。
金属音=無敵と云う図式がゲーム世界では共通の認識であると云えるでしょう。

金属音をダメージ音とする場合はそれなりのエフェクトを掛けなければならないと思います。音量への配慮も必要ですね。この辺りは専門的な知識を要しますので省略します。良い例として参考にするならば「グラディウス」の基地へのダメージ音が研究に値するでしょう。

個人的には非常に好きなゲームだったのですが、シューティング物としての楽しさに欠如していた為か一般にはヒットしませんでした。面構成や演出などがよく考えられていてパワーアップシステムにも独創性を見出せる佳作だとは思います。ただゲーム的にはメリハリに欠け冗長に感じられる部分もあります。やり込む事を前提とする家庭用ゲームとしてなら評価されていたのではないかと思える隠れた名作と云えるのではないでしょうか。

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2004.12.19

アテナ

athena

1986年にSNKから発表されたビデオゲームです。

アーケードゲームとしては数少ないロールプレイング型のアクション物となっています。
4方向レバーと攻撃、ジャンプの2ボタンで操作します。アイテムを入手してパワーアップして行く仕様です。面内にびっちりと配置されたブロックを破壊する事でアイテムを出現入手して主人公アテナを成長させて行きます。画面構成としては「スーパーマリオ」を剽窃しているような感がありますね。

本作は操作性の悪い事で有名です。先ずジャンプシステムが変わっています。連続してジャンプする事で3段階の高さのジャンプをする事が可能になります。高所に存在する敵を倒す為には予め空ジャンプをして位置を微調整しておかなければならないのです。垂直にジャンプしてからレバーを入れて斜めジャンプとするところも独特です。これはちょっと煩雑で無駄の多い仕様と云えるでしょう。

操作性の悪さを助長しているのが当たり判定のシステムです。敵に触れると主人公が後ろ向きに吹き飛ばされるのですが、無敵時間が全くなく一切の操作も受け付けません。吹き飛ばされた先に敵が存在すると連続して吹き飛ばされた上に大きなダメージを受けてしまうのです。これは結構なストレスを感じます。

ハマリがある事も理不尽さを募らせます。主人公が死亡すると基本的に初期装備から再スタートする事となるのですが、その場所に依っては敵の攻撃を避けられず連続で死亡してゲームオーバーとなってしまうのです。これは本当にムカつきますね。

この手のRPGによくある問題として、ゲーム序盤の難度が非常に高い事も初心者には辛いバランスと云えるでしょう。逆に或る程度パワーアップしてしまうと簡単には死ななくなります。

悪い点ばかり挙げてしまいましたが、本作は他に類を見ないほどの高いゲーム性を持っています。
特にパワーアップアイテムを探す為に行うブロックを崩す行為が楽しいのです。この点に至っては「スーパーマリオ」をさえ超えています。
その要因は効果音に依る所が大きいと云えます。本作の効果音はリアルを追求したものではなく、あくまでゲーム的に仕上がっています。全ての効果音にメロディアスな節が付いているのです。これを文章で表現するのは至難の限りだと思われるので実機に任せますが、ただブロックを破壊しているだけで遊べてしまうほどの出来映えだと云えます。楽しい作業のご褒美にパワーアップアイテムまで入手出来るのですから中毒性があるのです。
パワーアップする事でブロック崩しの作業は素早く効率的に行えるようになります。主人公の最強状態であれば剣を一振りするだけで画面上のほぼ全てのブロックを破壊する事も可能となります。この爽快感は素晴らしいの一言ですね。

操作性とゲーム展開に問題はあるものの非常に良く出来たアクションゲームの傑作だと思います。ただ現在に本作を遊べる環境が全くないところが残念ですね。出荷台数の少ないゲームではないと思うのですが、レトロゲームを扱っているゲームセンターでも見掛けた事がありません。

SNKはネオジオ環境以前にも多くの良作を発表しているのですから、ナムコミュージアムのようなバラエティパックを発売してくれませんかねえ。大人の諸事情から難しいのは重々承知の上での希望ではあるのですが。

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2004.12.18

意馬心猿

chaos

涙だけ流れて時は進まない…涙だけ流れて時は進まない

君に生じた心の隙間が俄に脳を騒がせる
堅固な扉からいま世界へ羽ばたいた拙き小禽
このまま漂わせてあげたい出来る事ならば
誰の手にも捕らわれず ただ空高く空高く

君が手に入れた自由は密かに近付く苛立ち
友情が慈しみへ同情から愛恋への徒な変遷
このまま見守って行きたい叶う事ならば
誰の目にも留められず ただ愛おしく愛おしく

涙だけ流れて時は進まない…旭輪に笑顔を囁いて
涙だけ流れて時は進まない…月輪に石亀を踏み砕く

悲しみを持続せんと願わん君の心の糧は我が身に非ず
落着を潔しとせずは傷付き慣れた心の陥った虚しき主張
誰を本当に有用としているのか誰が真実を必要と求むるのか
ただ僕ではない誰かを探して当て所もなく探して探して

涙だけ流れて時は進まない…涙だけ流れて時は進まない

 
 


「心」とは何処にあるものなのでしょうか。
医学的または精神学的根拠を持たない私の場合、後頭部の少し上あたりに存在するもののように考えています。

私たちが平生に何気なく取る行動のひとつひとつには、そうしようとしなければならない確実な理由がある筈です。息を吸って吐かなければならないと云う生きる上での無意識に取る行動は抜かす事とします。

昨日の夜中の事です。帰宅途中の私は自転車が故障したらしく往生している若い女性を見ました。結局は打ち遣って通り過ぎてしまったのですが、帰宅した後も何か胸に引っ掛かる或るものが残留して消えませんでした。
どうして何もせずに通り過ぎてしまったのだろう。大概であれば私にでも修理は出来た筈なのに。彼女は無事に帰宅出来たろうか。あのまま如何ほどの時間を浪費したのだろう。もしや自転車を引きずって行き貴重な時間を浪費したのだとしたら惨めには違いない。どうして私は他人を他人として扱ってしまったのだろう……。

もやもやとして心が苦しくなったのです。
心が苦しい?
私は以前に自分なりの研究から「心」の在り所を発見していたのにも関わらずそう思ったのです。

心とは脳に集中する伝達神経の依り所なのではないでしょうか。脳に至る直前にあるか、または左右の脳を繋ぐ神経の集積地点であるとも思われます。複雑に絡み合った無数の神経が暇なく様々な信号を発しているのです。動物としての本能と人間としての理知が火花を散らして交差している様子が見えます。
信号の多くはこれまでに作られた溝を進みつつ自らへの確認を首がうと、行動の大小へと変換されます。新たな溝を刻もうとする少ない信号もある事はあるでしょう。

信号が同一線上に進むものとは限りません。別信号との接触で出でた火花が、異なる神経に信号を送ってしまう事もよくある事実です。複雑で繊細な神経が集積している以上、それを個別に知覚する事は不可能であると云えるでしょう。この曖昧な神経の伝達が俗に云う「心」なのではないのかと思います。
全くの無でもなく完全に知り得ない個人にのみある脳の閃きが、世に都合よく「心」として表現されていると云う事になります。しかし個人の所有するものであるならば、全責任はこれ私にあるのです。

心変わりだろうが、気分次第だろうが、何気なくだろうが本人の「心」が導き出した行動に他ありません。完全には把握出来ないだろう「心」ですが、知らず選択しただけの私には相違ありません。簡単に云えば「心」とは知覚し難いだけの思想であり「脳」が考える一部分でしかないのです。

心に苦しみを感じた私は「心」と呼ばれる脳神経の集積地点へと目を閉じて逍遥して見ました。切ない神経を困難にも選り分けて進むと、今回の苦しみを生んだ地点に小さな火花を発見出来ました。

畢竟、私を苦しめていたのは、動物的本能からなる焦燥に他なりませんでした。彼女は私の理想とする容姿を持っていました。手助けは下心を隠すだけの言語的表現に過ぎません。私はただ彼女と云う謝礼を欲していたのです。私の存在しない以後には他人が謝礼を受け取る可能性があります。同じ謝礼であるならば、どうして私が受け取らなかったのだろう……。

私が認識したのはただこれだけの事実でしかありませんでした。私と云う醜悪な存在の再確認に過ぎません。私の「心」は自らに醜悪を感じさせないようにしてくれていたのです。これは私の脳が無意識に下した消極であり、私が願望した能動であるのです。

何の為に私は「心」の在処を探し当てようと腐心するのでしょうか。「心」と云う美しい響きに満足して過ごす日々が幸福ではなかったのでしょうか。心の苦痛を善意に捉える純粋を何処で失ってしまったのでしょうか。
今となっては知る由もありません。ただこれ以降も、曖昧にも都合よく「心」呼ばれている動物と人間を薄皮で以て隔離している狡猾な存在に、日々怯えて生活して行く事だけは確実であろうと思えるのです。

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2004.12.17

アーガス

argus

1986年にジャレコから発表されたビデオゲームです。開発はNMKとなっています。

8方向レバーと対地対空2つのボタンを使用するゼビウスの亜流作品です。
特筆すべきは美しいグラフィックで、下品に見えない限界程度の色数を画面内に使用しています。敵の弾などもクリスタルを思わせる美しさを持っていて独特な世界観を表現していると云えます。

強制縦スクロールに任意横方向へのループスクロールが併用されていて、自機は常に画面真ん中に位置している事になる為、独特な操作感も提供しています。
この手のゲームには珍しく空中に多くの障害物が浮遊しています。破壊可能な物から不可能な物、破壊するとボーナス点の入る物、1UPする物まで多彩な構成を誇ります。

面によって自機のショット攻撃方法が異なる点も珍しいシステムです。ノーマルショットからレーザー、斜め方向のみのショットは特に珍しいと云えるでしょう。

自機は地上にあるパネルを破壊して行く事でパワーアップして行きます。ショットのパワーアップ、一定時間無敵バリア、敵全滅エネルギーボールなどが主なものです。

ゲームとしては障害物を避けながら最低限の敵を倒して行くと云う感覚で進むようになっています。このゲーム性はゼビウスの亜流とは云えない新しいものに仕上がっていると云えるでしょう。

なかなか意欲的な作品だと思うのですが、あまりに難し過ぎて遊べないゲームとなってしまっています。
敵のアルゴリズムがそれぞれ特異な上に大量の弾をばらまいて来ます。その上に障害物を避ける行動も加わるので忙しないのです。全16面エンドのゲームなのですが、永久パターンを使用せずにクリアした人はいないとまで云われています。

’80年代中盤以降のアーケードゲームは本作を代表として高難度のゲームが多く発表されました。開発元からマニアへの挑戦と云う図式があったのです。一部のマニアはお金と時間を浪費してこの挑戦を堂々と受け勝利しました。そこには多くの試行錯誤と才能があったのは当時の誰もが認めていた事だとは思います。ゲームセンターに最も活気があった時代でもありました。
しかし、ただゲームを楽しもうとしていた一般ユーザーをゲームセンターから遠ざけてしまったのも紛れのない事実です。
お金を入れて遊んでもすぐにゲームオーバー。攻略したいと思えないほどの難度はストレスをしか生まないでしょう。徒党を組んでいるようなマニアの視線も一般人には心地良いものではなかった筈です。

難度が高くても「魔界村」のように次へのプレイを促すゲーム性と云うものも存在しています。
本作の難度が仮に低かったとしても大ヒットしたかどうかは分かりませんし別の問題だとも思います。しかしプレイ後に達成感や満足を味わえるのであれば、間違いなく今よりは多くの支持を得た事でしょう。
本作の開発元であるNMKは直後に制作した「バルトリック」でも同様な失敗をしています。難易度調整と云うものが一筋縄では立ち行かない苦心所であるのは分かるのですが、もう少し何とかして欲しかったと思います。「アーガス」も「バルトリック」も基本的には良いゲームであるので残念に思えてしまいます。

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2004.12.16

グウェン・ステファニ

gwen

スカパンクダンス・バンド「ノーダウト」の女性ボーカルである彼女がソロアルバムを発表しました。
「Love Angel Music Baby」と云うタイトルですが、これはちょっとダサいかも知れません。しかし内容はポップス好きには堪らない佳曲がぎっしりと詰め込まれた優れたものとなっています。

参加している作曲家プロデューサー陣が超豪華で、現在のアメリカでトップに君臨している人たちが軒並み揃っていると云えるでしょう。
曲は’80年代を想起させるようなものが多く、グウェンが尊敬していると思われるマドンナの印象が強く残ります。他には先行シングル発売されたリンダペリー(最近だとPinkの作曲家)の手になるダンスナンバーや、エミネムを見出したDr.ドレの曲でイヴをフューチャリングしてみたり、ジャム&ルイスがふざけて作ったと思われる「原宿ガールズ」なんてものも収録されています。逆にノーダウトをイメージさせる曲は少ないですね。

本国ではロックセレブとして確固たる地位を築いているグウェンですが、日本ではノーダウト自体が殆ど知られていないのではないでしょうか。
シングルカットされた曲はキャッチーなものが殆どで日本人の若者が好みそうなのですけどねえ。これは多分プロモーションの仕方に問題があったのだと思います。
以前紹介した「ディクシーチックス」にしてもそうなのですが、もともとのジャンルがカントリーやスカパンクなんかであったりすると、先入観で聴いて貰えない、売れないとする印象がレコード会社にはあって広告し難くなっているのでしょう。
逆に云えばダンス系やR&B出身の歌手は広告し易く実際に売れていると云う状況になっていますね。本国では既に落ち目のブリトニーやデスティニーチャイルド、またエミネムのアルバムは随分と売れているようですし。

今回のグウェンのソロアルバムは普段洋楽を聴かない若い女性にお奨め出来るものだと思います。特に秀でた個性を持たないグウェンの歌唱法ですが、声量がある為かジャンルレスに活躍していますし、爽やかな色気があって嫌味を感じさせません。詩も平凡なものが多く彼女が持つ等身大のセレブと云う印象が受け入れられるのではないでしょうか。どちらかと云うと私も彼女のキャラでアルバムを買っている方です。勿論アルバム自体も良く出来ていますしね。

若い彼女をお持ちの御仁はクリスマスプレゼントとして贈ってみるなんてのも有りだと思われます。

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2004.12.15

奇々怪界

kikikai

1986年にタイトーから発表されたビデオゲームです。

8方向レバーと2つのボタンを使用する任意スクロールのシューティングゲームです。
主人公の向きに応じて8方向にショットを打ち分けられます。「戦場の狼」などと同様のシステムですので、移動方向=ショット方向となる問題を抱えています。その解決策としてお祓いボタンがあり、押す事で射程は短いものの主人公の前方をカバー出来る攻撃となります。実際にはショットは攻撃用、お祓いは防御用と云うように使われます。2つのボタン効果を同時に使用する事は出来ません。

しかし出来る事ならばショットとお祓いを1つのボタンに纏めても良かったのではないでしょうか。攻撃しつつも前方を広く防御するシステムとなっていたのなら、敵に体当たりされる事が多い本作の欠点を緩和する結果になったと思います。

企画者の観点に立って考えると……先ずはショットありきで企画されていた。その移動と攻撃の欠点を補おうとして近距離広範囲の「お祓い」を考案。これは良いシステムだと自画自賛。本来の意味を忘れて安易に2つのボタンに割り振ってみた。以後その効果については疑問も浮かばず完成。と云ったプロセスを通ったと考えられます。または「お祓い」は新機軸であり本作の売りである、ボタンを独立させる事で目立ったものとしよう……と云う事かも知れません。ここには企画の練り込み不足と開発者のエゴがあるように見えます。

任意スクロールタイプのシューティング物は古くから存在し、本作が全くのオリジナルとは云えません。
ここに亜流ゲームを作る際の罠が仕組まれています。オリジナルにあった欠点を解決する、追加要素を加えて新しいゲーム性を組み込む。と云うのが二番煎じの味わいであろうとは思います。
欠点を改良すると云う方向は当然行われるべき試行錯誤でしょう。システムを大きく変更しない限りは難しいものでもありません。大きな変更がある場合は他の要素との兼ね合いもありますから、欠点の改良が他の要素に対して改悪となる事も少なくありません。
しかし追加要素となると欠点を改良するほど簡単なものではなくなります。追加要素が他の完成されていた要素の邪魔をしてしまう事があるからです。結局は大きなシステム変更をする際と大差がないのです。

企画者とは、新しく組み込んだパズルのピースが及ばす全体の結果を常に計算しなければならない立場にいる存在と云えるでしょう。はめたピースが土台(システム)に近ければ近いほど、その影響は当然大きくなるものです。
凡庸な企画者とは総じて全体を見られない人の事です。新たに何かを追加した事実にのみ拘泥し一人満足を得るのが典型です。完成していたものに新たなピースを加えてしまっては均衡が崩れ、端から見た場合に煩雑を印象付けてしまいます。追加した満足と完成した結果とは全く次元の異なるものである筈なのに、渦中にいて気付き難い経過をも含んでいると云えるでしょう。
現在にあるプロデューサーシステムとは、このような失敗を未然に矯正し淘汰するものであると思います。

「奇々怪々」はそこまで酷いゲームではないのですが、プロデューサーシステムが皆無に等しかった時代の作品であるので、企画者の能力と志が低い煩雑なゲームに見えてしまいます。
グラフィックとサウンド、敵を倒すと云う意味でのゲーム性は決して悪くない出来だけに残念な感を抱かせるゲームではありますね。

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2004.12.14

スターフォース

megaforc

1984年にテーカン(現テクモ)から発表されたビデオゲームです。

ゼビウスの影響から生まれた強制縦スクロールのシューティング物としては、いち早く完成した名作と云えるのが本作です。亜流ゲームでありながら、差別化を図り逸脱を目指していたようで新しいシステムも多数搭載されています。

先ずは自機移動に合わせて若干ながら横へもスクロール出来るようになっています。敵のアルゴリズムが自機の位置と殆ど関係なく動いている為にプレイフィールドを広大にしたのではとも受け取れます。

操作は8方向レバーとショットボタン1つのみで賄われており、空中物と地上物を同一ショットで破壊出来るようになっています。派手な破壊音と相俟って非常に高い爽快感を提供してくれます。
また味方である「パーサー」と合体する事により、ショットの速度が上がり爽快感にも輪が掛かります。
ゼビウスのように世界観を構築するのではなく、シューティングとしてのゲーム性を追い求めた結果だと思われます。

ステージが1つ1つ独立した面構成となっていて、空中物1点、地上物2点と云う配点のもと、100点に達するとボスが出現して倒すと1面クリアとなります。またステージにはギリシャ文字に倣った順番と名称まで冠されています。なかなかお洒落な仕様ですね。

隠れボーナスが豊富に用意されている事も大きな特徴です。
ラリオス合体前破壊5万点。ジムダステギ連続破壊8万点。ボーナスパネル破壊ボーナス1万点~1000点。他にも1UPパネルボーナスなどがあります。
そして極めつけは謎の100万点ボーナスと云えるでしょう。砂漠地帯にある象形文字を解読する事で、100万点クレオパトラの場所が判然するのです。「3番目の砂漠地帯、シーラカンスが河を挟んで見詰めるその先……」これが解読後のヒントでした。

当時のテーカンは地味ながら良作を量産していた中小メーカーだったと云えます。以前紹介した「ボンジャック」を始め「ソロモンの鍵」「アルゴスの戦士」「センジョウ」「テーカンワールドカップ」「ジェミニウイング」「忍者龍剣伝」など’80年代を影で支えていた存在であるとも云えるでしょう。いまでは「デッドオアアライブ」の乳揺れメーカーの印象しかありませんね。

ゼビウス以降の縦スクロールシューティング最初の名作となった本作ですが、当時ゲームセンターではそれほど大ヒットしていた訳でもありません。現在では不朽の名作と呼ばれる作品となっていますが、これは偏にファミコン版の大ヒットを受けての話です。
私はアーケード版で遊んでいたのでファミコン版をあまりプレイしていないのですが、あの貧弱なスプライト機能で上手く再現したものだと驚愕し高い評価はしています。広告塔としての高橋名人は連射を武器に一躍時の人となりましたね。

今年の末に本作を含めたテクモの「アーケードヒットコレクション」がPS2で発売されるそうです。もし「スターフォース」=ファミコン版だと思っている方がいるのであれば、是非購入した上でオリジナルとの比較をなさって見て下さい。良く出来ていたファミコン版ではありますが、全くの偽物だったと確信出来る事と思います。

http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2006/02/strongstrong_d194.html

後日追加したスターフォースの補完記事です。宜しかったらご覧ください。

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2004.12.13

魔界村

gng

1985年にカプコンから発表されたビデオゲームです。

カプコン初期代表作の1つであり最も大ヒットした作品が本作です。
それまでにない大胆に描き込まれたグラフィックが先ず目を惹きました。彩色のリアルさと造形のデフォルメが高い次元で融合しているところが最大の特徴と云えるでしょう。
個々のキャラクターには1種か2種の基本色が設定してあるように見えて、それにグラデーションを施こす事で大変美しく且つ個性的なものに仕上げられています。それぞれのアルゴリズムが独自なところも一助となっていると思います。加えて体の大きさ、耐久力の相違がゲームの法則から一歩抜きん出た印象を与え、新しい世界観を構築したのではないでしょうか。

ジャンルとしては主人公が飛び道具を用いるのでジャンプアクションシューティング物と云えます。入手した武器が飛び道具として無尽蔵に発射される様は非常にゲーム的で面白いですね。

ゲーム性も高く仕上がっています。ジャンプアクションとシューティング部分が密接に絡み合っていて、テクニカルな印象をプレイヤーに与えてくれます。敵を倒した瞬間の効果音とジャンプ後の接地音がまた秀逸です。
敵に触れると鎧が脱げて、次にミスをして初めて主人公が死亡すると云うシステムも新しいところです。鎧、裸、骨と全てが絵として表現されているのが素晴らしいと思わせます。

音楽も目立っていました。マイナー調の曲を硬質なギター音で弾き語るかのような1面の音楽は、当時最もゲームセンター内に響いていた印象が残っています。

面内を縦横無尽に動き回るゲームなのですが、私の感じたところだと企画の前段階では「スパルタンX」のような物だったのではないかと思います。左右から現れる敵を判断よく倒して行くと云うシステムです。しかし企画が進むと同時にアイディアを盛り込んで行く事で、敵キャラクターの動きが完成し面構成もそれに伴い変化して行ったのだと思われます。

物語性を感じさせる面構成はプレイヤーに先を見てみたいと云う欲求を募らせました。高難度で有名な作品でもありますが、ゲーマー以外の一般の方もかなり遊んでいましたね。コンティニュープレイの意味を世に知らしめたのも本作の多大な功績のひとつだと思います。高インカムを誇った要因がここにあり、これ以降のゲームには継続プレイが必須システムとして搭載されるようになりました。

全7面のループゲームなのですが、或る武器を所持していないと6面クリア後に5面へと逆戻りさせられてしまいます。ちょっとした謎が小気味よいスパイスにもなっています。
1周目の大ボスは偽物で2周目をクリアすると真のエンディングと云う、2周クリアシステムを設けたのも本作が最初ではなかったかと思います。

グラフィックから構成、システムと過去からの逸脱に成功した本作は、ビデオゲーム新時代の扉を開いた永遠の名作としてこれからも語り継がれて行く事でしょう。
未プレイの方には是非とも体験して欲しいゲームですね。難度も高く部分的に操作性が悪い箇所もあるのですが、完全なパターンゲームですのでやればやるほど上手くなるタイプのゲームだとも云えます。現在でも十分に楽しめる内容である事を請け合います。

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2004.12.12

ガンス(2)

gansback

結局のところ、クロネコヤマトの仙台担当者が落とした為の破損か、配送員の手荒な扱いの所為か、または私の梱包ミスが原因での破損かは判然としません。
しかし当方に非を認める事は到底出来ないものであったので、私とTさんはクロネコヤマトに再々度苦情の連絡を取りました。
クロネコヤマト側の対応がまた好い加減なもので、担当者への連絡は会議中と云う理由でなかなか通じず、追って連絡を寄こすとしてから幾日か経過しました。連絡は来たものの仙台と東京の担当者で話は大きく食い違っており、非を認めないばかりか破損した責任をこちらに押し付けようとする態度さえ見えました。

修理の件に関しては、模型修理の専門業者を探して依託すると云う話まで出たのですが、そんな業者は存在しませんし、ガレージキットと云う性質上、組み立て説明書からして煩雑な「ガンス」は制作した経験と豊富な資料がなければ部品構成さえも分からない筈です。そうして塗料のレシピがあったとしても全体のバランスを整えられるのは塗装した本人である私しかいないと云う事で、断固として拒否したのです。
Tさんが高いお金を払い購入してくれたのは私が作った「ガンス」であるのですから、やはり私が修理の責任を負うのは当然でもあると考えられますし、もし他人が作り直して塗装まで変更されてしまったらTさんの意に添うような商品ではなくなる可能性だって否定出来ないと思います。

そうして私が修理する事となり、Tさんが修理費とそれに伴う労力を金銭として支払うべきだとクロネコヤマト側に提言して了承されました。
破損した「ガンス」を持って来た仙台担当者はベコベコにひしゃげた段ボールを手渡すと、何も云わずに立ち去ろうとしました。私が修理費の件を切り出すと初耳だくらいの挙動を見せてから、渋々と用意していた封筒を袂から出し愛想笑いを浮かべて帰って行ったのです。
私の費やす労力を時間給として考えても些少としかならない修理費ではあったのですが、先ずはこれで納得する事として修理しました。もし模型の完成品代行のようなところへ依頼したのであれば、私の貰った額の5倍以上の請求をされていた事でしょう。

一ヶ月ほど経ち修理し直したものをクロネコヤマト仙台担当者に手渡しました。今回は彼が東京のTさんのもとへ手荷物として確実に持って行くとの約束でした。

届いたと思われる頃にTさんにメールを送り状況を確認しようとしたのですが、以後私の方に返信は戻って来ませんでした。それまで相互が几帳面な遣り取りをしていただけに、これは如何にもおかしいと感じられました。私が想像したのは、結局また「ガンス」が破損していて私に配慮してくれて連絡して来ないのでは……と云うものです。それからも幾度かの連絡を試みて見ましたが不通である事に変わりありませんでした。

この事件があったお陰でクロネコヤマト宅急便を利用する事もなくなりました。これからも絶対に利用しないでしょう。不誠実な社の態度を思い出すと今でも沸々とした業腹を覚えてしまいます。知らないところで嫌がらせを受けていて、結局自分のところへ尻が持ち込まれると云う理不尽な感じとも云えるでしょう。表で社のトラックを見掛けるだけで舌打ちしたくなる程です。クロネコヤマトの皆が件のような人ではないとも思うのですが、悪い印象とは根深いもので霧散する事を知りません。また、それだけの事をされたと思っているので恒久的に変える気もありません。
今回の話が皆様の宅急便を利用する際の一考とでもなれば幸いです。

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2004.12.11

ガンス(1)

gans

以前モデルカステンより発売されていたガレージキットです。出典は横山宏さん原作のSF3Dからで、ホビージャパン誌での連載終了直前にデザインされた宇宙用2足歩行戦車となっています。
900個の限定生産でしたので現在では入手困難だと思うのですが、つい最近まで近所の模型店(仙台模型)には在庫がありました。
このキットも制作の難度はかなり高く一般の方にお奨め出来る代物とは云えないですね。しかし完成すると20㎝ほどの大きさとボリューム感がありますので、労力以上の充実度を与えられました。

今日から2回に分けてこの「ガンス」に纏わる嫌な思い出を書かせてもらおうと思います。

3年ほど前の事なのですが、金策に疲労した私はそれまでに制作したプラモデル及びガレージキットをオークションに出品しました。少しでも借金の足しになればと思って出品したのですが、案外と良い値がついてしまい世間並みの生活に戻る手助けとなったのです。
オークション自体は特にトラブルもなく(韓国のお金持ちの方がなかなか入金してくれませんでしたが)、恙なく終了し商品の発送に取り掛かる事としました。
近所のコンビニから宅急便で発送して、次々と無事に到着したとの連絡が落札者様から届きました。商品が強度の面で不安なプラモデルですので、梱包には十二分な注意を払っていたものの不安であったのが正直なところです。そんな心配も杞憂で終わると思われた頃に残念な報告を受けました。

私が出品した10体のうち約半数を購入されたTさんからのメールには、殆どの商品が一部破損、または半壊程度の損傷を受けていると書かれていたのです。これには非常な驚きと悄然の感を催しました。
もし壊れる事があるとすれば、これだろうと云う目星を付けていた物があり、それが無事に到着したとのメールを他の落札者様にもらったばかりであったので、意外の感にも打たれました。
しかし商品を2つの段ボールに分けはしたものの纏めて梱包した私に不備があったのかも知れないと考え、当然の事ながら無償での修理を申し出て実行しました。
これで大丈夫だろうと思える梱包を施して再度発送したのですが、結果はまた2体の商品が破損していたと云う事でした。この段階でTさんが発送を請け負ったクロネコヤマト宅急便に連絡を取り、次回郵送の際の注意を促してくれました。私の方にも仙台の担当者が謝罪に来て、次回郵送の際には手荷物として丁重に扱うと云う約束まで取り付けました。

模型の修理とは思った以上の手間がかかるものです。破損した部品を作り直し、下地処理をしてプライマーでコーティング、その上で基本塗装をしグラデーションをかけ、墨入れを施したら光沢スプレーを塗布する……これだけの作業が必要となるのです。
そうしてやっと完成した商品を郵送してもらう為に、私の家に来たクロネコヤマトの担当者に手渡しました。
ドアを閉めて暫くした後、階下で「バーン」と云う大きな音が聞こえました。その時は何とも思わなかったのですが、よく考えて見ると段ボールを地面に叩き付けたかのような音だったのです。私が慌てて表へ飛び出した時にはクロネコヤマトの担当者は既に立ち去った後でした。

まさかとは思いましたが念のためにTさんの方にはこの事を報告しておきました。
その後、偶然商品到着の便を目撃したTさんが云うには、クロネコヤマトの配送員が段ボールを振り回さんばかりに乱暴に扱っていたそうです。届いた商品をその場で開封してもらい確認すると、また「ガンス」は強かに破損していました。

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2004.12.10

Mr.Do!

mrdo

1982年にユニバーサルから発表されたビデオゲームです。

もともとはナムコ「ディグダグ」の模倣作品として企画されたものだと思われるのですが、或る意味オリジナルを凌駕するほどの独創性とゲーム性を有する事になりました。

先ずは美しいポップなグラフィックが目に付きます。当時の単色ベタ塗りが基本だった中にあって本作の美術は一線を画していました。キャラクターもピエロやチェリー、りんごなど可愛らしいもので構成されています。

音楽もシンフォニックな雰囲気を持っていて非常に良く出来ています。特筆すべきはチェリーを続けて取って行く事で、ドレミファレラシドと音階を奏でる事です。これは現在の目で見ても素敵なアイディアであると思います。ゲームとして如何にも楽しい雰囲気を作っていますし、達成感もあります。

面クリアの条件が幾種類も存在している事も新しい部分ですね。敵を全滅させる。チェリーを全て取る。エキストラモンスターを倒して1UPする。何れかの条件を満たす事で1面クリアとなるのです。

ディグダグからの改良点としては、敵を直接倒せる攻撃手段を持っている事と、ディグダグで云うところの岩「リンゴ」が一段落下させただけでは紛失しない上に移動させる事も可能となっています。敵がフィールドの土を掘り進んだりもして、勝手に死んでくれる事もあるのはご愛敬です。
エキストラモンスターが出現する事で、面内での単調な構成を感じさせない仕様ともなっています。E-X-T-R-A全てのモンスターを倒すとビジュアル画面に切り替わる演出も斬新でした。
低確率でリンゴの中からダイアモンドが現れるのですが、これを取ると1クレジットサービスとなるのも嬉しい仕様でしたね。他にも幾つかの乱数要素があり飽きの来ないゲームとなっています。

‘82年制作と云う事を感じさせないアイディアが豊富に盛り込まれた作品です。ゲーム性も非常に高く大ヒットしました。続編も4作目まで作られており、何れもアイディア性に優れた楽しいゲームに仕上げられています。

現在はレトロゲームを扱っているゲームセンターでしか遊べないのではないでしょうか。今尚楽しめるゲーム性を持っている不朽の名作と云えるだけに残念でなりません。どこかのメーカーでニンテンドーDSあたりに移植してくれませんかねえ。

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2004.12.09

ギャラクシアン

galaxian

1979年にナムコから発表されたビデオゲームです。

先日、職場の大学生とゲームの話をしていたのですが、彼はギャラクシアンやゼビウスを知らないそうです。幾ら名作だとは云え生まれる前の事を知らないとしても不思議ではないのですが、多少のショックを受けました。好きな物であるならば当然の如く存在すると思われる、現在のものから時代を遡行して行く知識探求の欲を持たないのです。これは彼が特殊な訳ではなく最近の若者に顕著な例であると後日他の件からも知れました。
情報の充溢している現代に生きているからこその不必要と云えるのでしょう。過去へ振り向こうとしても、目の前に様々な楽しみが羅列されているのであれば仕方のない結果だとも思います。

インベーダー以後の最もエポックメイキングな作品として知られる「ギャラクシアン」も彼らの目には何の感動も与えないゲームとなってしまっているとすると、これは本当に悲しい事実ですね。しかし、これが文化の新陳代謝と云うものなのでしょう。
彼らは何十年か後に「ポケモン」や「バイオハザード」などをクラシックゲームとして友人らと語らって行くのだと思います。

当時新機軸のビデオゲームとして本作を夢中で遊んでいた私ですら、現在に楽しい作品だとは思えなかったりするのであれば、これも時代の必然だと云えますね。だからと云って固定画面シューティングの雛形ともなった本作の価値が落ちるものではないとも考えます。シンプルであるからこそ凝縮されているゲームとしての根本がオールドゲームの価値であり、絢爛な贅肉に惑わされそうな私達を導いてくれる指標たりうる筈なのです。

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2004.12.08

ジョン・レノン

imagine.jpg

今日は元ビートルズの実質的リーダー、ジョンレノンの命日です。1980年に狂信的なファンの凶弾に倒れてから24年が経ったと云う事になります。当時まだ子供だった私なのですが、連日大きな報道がなされていた事とダゴタアパートの前で泣き叫ぶファンの映像が記憶に焼き付いています。
神に愛された人は夭逝すると云いますが、ジョンもその一人であり亡くなるにはまだ早過ぎる40歳の若さでした。
主夫生活を経て5年振りに発表したアルバム「ダブルファンタジー」は、過半数がオノヨーコの奇妙な曲で占められていますが、ジョンの曲に限って云えば素敵なものが多数収録されています。ビートルズ時代の「ロックンロールスター」、ソロ時代の「愛と平和の戦士」を経て辿り着いた彼の新境地だったと思われます。
「スターティングオーバー」「ウーマン」「ビーティフルボーイ」などは今でも耳にする機会の多い爽やかな名曲ですね。
それだけにアルバム発売後すぐに亡くなってしまった事が残念でなりません。もし彼が生きていたら以後どれだけの名曲を創造していただろうと考えるのは、1ファンとして当然の権利だと思います。

もしソロ以降のジョンレノンを聴いた事のない方にアルバムを1つお薦めするとしたら、やはり「イマジン」になるかと思われます。最も有名なタイトル曲の他に、最も他アーティストにカヴァーされている「ジェラスガイ」、最も美しいバラード「オーマイラヴ」、最も意地悪(ポールに対して)な曲「眠れるかい?」などが収録されています。

タイトル曲である「イマジン」は現在でもジョンの代表作として耳にする機会は多いと云えますね。ただ、それが為に飽和感を覚えてしまう事もあると思います。ビートルズの曲であれば「レットイットビー」や「ヘイ・ジュード」「イエスタデイ」などが同様な感じを与えます。
でも良い曲はやっぱり良い曲なんですよね。「イマジン」はシンプルなメロディが特徴的な曲だと云えますが、それ以上に歌詞が本当に素敵です。

「想像してごらん。戦争のない世の中を……」
「想像してごらん。世界中の人々が平和に過ごしている事を……」
「想像してごらん。ここが天国だったらって……」

仏教思想的なジョンの祈りとも云える詩は、いつ聴いても切なくなってしまいます。それが現在にも未来にも有り得ない事だと思うほど、美しさを増して行くような美しくも悲しい詩であると思います。

私は以前それほど「イマジン」を好きではなかったのですが、年齢を重ねる毎に良い曲だと思い始めました。ジョンの命日に独りヘッドフォンで彼の囁くような歌声を聞いていると、何故だか涙が止め処なく流れて来るのです。
曲の中で自らを「夢想家」だと認めつつも、世間に対して平和を語りかけるジョンの声は悲しいほどに非力さを感じさせます。「愛と平和の戦士」を装っていた彼の真実がここにあるような気がしてなりません。こんな時代だからこそ、これからの未来も、ジョンの理想した平和が世界に訪れない限り「イマジン」は永遠の名曲として輝き続ける運命にあるのだと思います。

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2004.12.07

ushimachi.jpg

そばにいるだけで それだけでただ寂しかった
言葉紡ぐだけで それだけでただ不安だった

優しいその頬笑みは誰が為に用いられるのか
悲しみ彩る眦は誰が思い惹き付ける為に

指 触れるだけで罪悪に嘖まれて
君 腕に抱く度にこの思い離れて行くような気がして

激しい雨はもう行き過ぎて虹の足も追えない
和らかな雨のもと見守って行く事しか出来ずに

優しいその頬笑みは誰が為に用いられるのか
悲しみ彩る眦は誰が思い惹き付ける為に
 
 


 
片思いとは最も身近な偶像崇拝である。これが私の持論です。
恋をした時に人は過大な期待と身勝手な理想を相手に持ってしまうものです。
そうして相手のちょっとした言動に期待を裏切られ、また理想の修正を迫られるのです。
しかし自らに向けられた甘い笑みを認めると、それが引力となり偶像に掌を合わすべく引き寄せられてしまう……これの繰り返しではないかと思われます。

「女なんて入れてしまえばどれも同じだ」と豪語する知人がいました。若い頃の私は頑なな態度で以て否定し続けて来ましたが、最近では「どうもそのようなものらしい」と同意すべく思想に変化が訪れて来ました。
勿論、人体的な構造の差違を当然とするならば偏見でしかない考えだとは認識しています。それなのに私は何故そう思うようになったのでしょうか。

経験上の話になるのですが、男からの片思いが成就する確率は極めて低いものだと思われます。その理由は女性が感傷の付与を男に認めない事と浪漫主義に欠けているからだと考えます。
女性は刹那にある閃きを重視します。男が抱く感傷とは長期にわたる真摯を保った浪漫主義だと云えるでしょう。女性は先ず腹に重いものを嫌って前菜から楽しもうとします。男は相手を思うあまりにメインである分厚い肉を先に提供したがります。女性は意固地にも自らの求めていないものを味わおうとする融通を見せません。男は潮騒に浚われた皿だけを見詰めて食後の珈琲だけを嗚咽する喉に片付けようと腐心するのです。
男が先に惚れた女性を喜ばせるのであれば、寿司屋でカレーを頼むしかないのです。そこには女性の求める閃きがきっと用意されているのですから。

誰よりも彼女を愛している筈なのに……恋に破れた男が口にする常套句です。これこそが女性を遠ざける決め科白であると云えるでしょう。

複数の男同士の中に一人の偶像がいた場合、男たちは無言の内にも結託して溢れる恋心を顕わとはしない努力をお互いに認めるでしょう。しかし偶像はいとも簡単に遊び人か水商売の他人に汚されているのです。それを知った時の彼らが表す皮肉を込めた寂しい笑みのなんと惨めな事か。偶像は信心よりも金品を求めているものなのです。偶像は淡い油彩画を好まず濃い水彩画を愛しているのです。

男女関係には需要と供給の均衡はないと云っても過言ではないと思います。
男女にとっての恋愛の第一義とは間違いなく性欲に他なりません。もし否定する人があるならば脳の神経を丁寧に選り分けて遡って見る事をお奨めします。きっと本来の動物を発見出来るでしょう。
性欲が手前にある以上は相手が誰であっても構わない筈なのです。
「愛しているから彼女と性交したい」醜悪なだけの綺麗事です。そのような考えを持った男が存在するのであれば、余程選択肢を持たない方であろうと思われます。

確実にそして定期的に訪れる愛恋の情(性欲)を埋めるのであれば、相手などは妥協出来る範囲で誰でも構わないと云う事になります。
これこそが「女なんて入れてしまえばどれも同じだ」とする所以です。

総論:片思いとは人生を無駄にするだけの男が求める浪漫であると云えるでしょう。

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2004.12.06

沙羅曼蛇

salamand.png

1986年にコナミから発表されたビデオゲームです。

名作「グラディウス」の続編として登場した本作もコナミ側の自信の現れからか専用筐体でのみ販売されました。中解像モニターに描き出される繊細かつ大胆なグラフィックと迫力のあるステレオ音響はゲームの雰囲気を大いに盛り上げてくれましたね。出荷台数もかなり多かったと思われます。

グラディウスの続編であるにも関わらず、最大の特徴であったパワーアップゲージのシステムが採用されていない事実は意外とも云えます。赤い敵編隊を全滅するとアイテムが出現し、それを入手した瞬間にパワーアップすると云う直接的なシステムが取られています。ゲーム性をダイレクトに感受出来ると云う意味で本作に於いてはこの方式が最良であったとも思います。

ぱっと見た感じでは前作を踏襲した内容に思えるのですが、実際には様々な部分に改良と改変の跡を見出す事が出来ます。
分かり易いところでは、奇数面は横スクロールで偶数面が縦スクロールとなっている点。前出したパワーアップシステム。最強パワーアップした状態で遊ぶ事を前提とした面構成と難易度。それに伴いエクステンドを廃止した潔さ。ミサイルを上下に発射出来る事で生まれた新しいゲーム性。バリア効果の変化など、かなりの多岐にわたります。
そうした全てが計算されていて制作者の意図したものに仕上がっているように思えます。ここが煩雑な企画であった前作と最も相違する部分であると云えるのではないでしょうか。
コナミの作品はどちらかと云うと、雑に作られたバランスの悪い未完成品が多い印象があるのですが、本作の完成度は群を抜いて優れています。グラフィックとサウンドを含めてビデオゲーム至上でも最もトータルバランスの考えられた作品と云っても過言ではないでしょう。

本作は完全なパターンゲームとなっています。ゲーム内の全ての構成を暗記して行動する事で延々と遊ぶ事が出来ると云う訳です。毎回のプレイが同一になる退屈さからパターンゲーム=駄作と云う向きもあるとは思いますが、本作に限って云えばそのような印象は全くありません。それどころかパターンゲームである事の利点をゲーム性へと巧みに組み込んで発展させているのです。

パターンゲームの利点とは、攻略して行く段階の楽しさに凝縮されていると云えます。個々の場面を安全に効率よく立ち回れるよう試行錯誤して完成させる知的な面白さとも呼べるでしょう。そして攻略する箇所が減って行く事によって寿命も短くなってしまうものです。ここにパターンゲームの善し悪しが宿命付けられています。
本作においてもこの問題は残されているのですが、その上を行くゲーム性が存在しているのです。
それは「緊張感」と云うゲーム性です。難度の高い本作ですので、攻略法に沿った動作をかなりの精度でトレースしなければ即ゲームオーバーとなる可能性を持っています。攻略した後で新しい楽しさを感じられるように作られているのが白眉であると云えるでしょう。
自機の攻撃力が異様に高い本作の特徴として、他のシューティング物と比較すると細かな操作は必要とされていない分、自機を攻略法に沿った流れで操作しなければなりません。雨霰と降り注ぐ敵の弾と破壊不能な障害物を避けつつ攻撃する爽快感。これが「沙羅曼陀」のゲーム性です。そして、一瞬の誤操作でゲームオーバーになるシビアな仕様がパターンゲームの退屈さを感じさせない理由となっているのです。
エクステンドが存在しないゲームは珍しいのですが、敢えてそうする必要があったからこその無駄として省かれたのだと思います。

定期的に遊びたくなる名作のひとつですね。このゲーム性とグラフィックは現在でも通用する完成度であると自信を持ってお奨め出来ます。

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2004.12.05

安倍なつみ

nacchi.jpg

先頃、米大リーグのBボンズが薬物使用をしていたと認めたそうです。禁止薬物だとは知らずに友人に勧められるまま注射してしまったとの発言を残しています。
NYヤンキースのJジアンビも禁止薬物の使用を大陪審の席で認めました。松井秀樹のチームメイトで最も仲の良かったと云う彼は、現在副作用で脳に腫瘍を患ってもいます。
薬物を提供していたのは栄養補助食品会社の「バルコ」です。以前から多くのプロスポーツ選手のスポンサーとして暗躍して来たところだけに、これから世界のスポーツ業界が激震する可能性も高いと思います。

もちろんボンスにしても禁止薬物だと云う事は十分に承知した上で体内に摂取していた筈です。この上で見苦しい云い訳は通用しないと思います。ただOJシンプソンの前例がある米国ですから何とも云えませんね。

そして、元モーニング娘。の安倍なつみさんが盗作騒ぎを起こしました。3年ほど前から著名な歌手などの詩を自作のものとして写真集などに発表していたそうです。
どの程度の盗用なのかは判然としませんが、先ず大した事もないだろうと云うのが私の所感でした。完全なパクリだとしても何の素養もないと思われているアイドルなのですから許容されて然るべきものだとも云えるでしょう。

以後の報道で安倍なつみさんが深く反省し極度に消沈していると聞きました。これを知り私は不快感を覚えます。
ボンズやジアンビと同様に、安倍なつみさんも自らが不正を行っていた事実に気付いていない訳がないと思うからです。好きな詩や言葉をノートに書き留めていて、それを見ながら創作していたので「結果的に盗作となってしまった」と云うのが彼女の云い訳だそうです。かなり苦しい説明で納得出来るものとは云えませんね。

私の個人的な見解で云えばパクリが悪いとは思いません。創造的な仕事をした事のある方でしたら分かると思いますが、意識的に盗用している事実と云うものは確実に存在します。ただ、それはオリジナルへのオマージュであったり、約束事への忠誠を前提とした洒落として自らが認めた盗用であると云う意味ではありますが。

今回の安倍なつみさんの件に関しては、単純な盗用であった事は間違いないと思います。意識してパクっていた筈です。故意に盗用した訳ですから本来ならば盗用した時点で反省しなければ嘘になります。消沈するならばその時点で汚れてしまった自らを呪うべきです。そして以後を改めるべきでした。
盗用が世間に露見されたからと云って会見場で反省を口にするのでは遅すぎる弁明に過ぎません。詭弁を公表しているだけだとも云えるでしょう。
今回の件がなければ彼女は以後もパクリを継続して行ったと思います。洗い立ての白い敷布が一滴ごとに汚れて行くかの如く彼女は悪に身を染める運命にあったのです。

悪を行うのであれば多大な覚悟が必要です。それを行った時点で個体は悪となるのです。意識しないで染まって行く悪ほど質の悪いものはありません。はっきりと云わせて貰えば脳の閾が低い為の結果でしょう。そうして世間への露見から保守が促す反省と云う詭弁の如何に見苦しい事か。
紅白の出場まで辞退した安倍なつみさんですから、謹慎処分の解けた後には同情論が集まって上手く復帰出来る事と思います。しかし私は彼女の行った醜悪な態度をきっと忘れない事でしょう。

きつい事を書いたかも知れませんが、実際は本人に自覚がないだけなんでしょうね。普通の女の子なのだと考えれば可哀相だとも思います。しかし嘘に開き直ったボンズは許せません。

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2004.12.04

遠き鏡

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肉に執着していたあの頃
君が欲しくて泣いていた私はもういない
……現に君を抱き締める夢を見る
熱き情欲は青い脳を欺いて恋情を能く転嫁する
愛と云う言葉を見詰めればそれ真実に非ず
恋と云う事実囁けばそこに淫奔は燃ゆ

肉に執着していたあの頃
理解を欲して苦しんでいた私はもういない
……誰よりも君を深く知っている
猛き情熱は若い足を躊躇わせ何故に永劫へと向かわせる
真実を胸に思うならそれ印刻に未だ過ぎず
淫奔を手裏隠すなら愛染の火は未だ消えず

欺かざるの過去は真実を掬う唯一の鏡
欺かざるの過去は愛に逍遥す唯一の業

何故に肉に執着していたあの頃
小さき世に在を置こうとしていた私はもういない

 

しかし日々の生活を充実せしめる恋愛とは一体何物なのでしょうか。以下の対話は私の脳内で繰り広げられたものの一部分ですが簡単に紹介します。

相手を思うと胸が締め付けられる? 本能に組み込まれた対象となる人肌を現実に体感出来ないだけの焦燥に過ぎないのではありませんか。若しくは谷間の百合よろしく入手出来ない羨望の念に生温い憧憬を感じてはいませんか。

一目みて運命の人だと思った? 自らの矜持を満足させるに足る外観と他人への優越を計算してはいませんか。それとも貴方の性癖を許容してくれそうなお人好しに見えましたか。

相手に恋人が存在していて悲しい? そんなに他人の複雑で醜悪な部分が交合している様子を想像してはいけません。また卑猥な音を聞きたくないのでしたら耳を塞ぎましょう。まさか自らが架空であるにも関わらず夜の想像をして見ては、本来の相手に嫉妬しているのではないでしょうね。

本当に愛している、もう離れない? 交際してから何回の性交渉を行いましたか。男は三回程度の性交で飽和感を覚えるそうですし、女性は一定の快感を与えてくれる物であれば保守の態度を貫ける動物らしいですよ。需要と供給が長く持続する事を願いたいものですね。

結婚するのですか? それはそれはおめでとうございます。ご懐妊なさったのではない? これ以上ない夜のパートナーだったと云う事ですか? まさか、この程度でお互いが妥協出来たと云うのではないでしょう? 社会的な信用を得ようと云うあざとい計算ですか? まだ若いのに年齢に追い詰められたと云う訳でもないでしょう? なるほど相手が父母と親しくなったのを良い事に責任から逃れられなくなったのですね。まあお気になさらずともよくある結果ですよ。
しかし儲け物ですね、貴方たちのように以後出会いの訪れなさそうな二人ですから、お互いが無料で性の処理場を入手したと考えれば良いでしょう。相互が異性を意識していられる限りはきっと上手く行く筈です。ただ注意して欲しいのは余分に金銭と暇が出来た場合です。性欲で得た相手だけに次を見付けられる状況があれば簡単に破滅をもたらしますよ。でも大丈夫。その頃には子供と云う既成事実が邪魔をして履歴に汚点を付けないように腐心するでしょうから。貴方たちが本当に賢い夫婦である事を願います。

芥川龍之介曰く「恋愛とは性欲の詩的表現である」

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2004.12.03

エグゼドエグゼス

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1985年にカプコンから発表されたビデオゲームです。

前作「1942」の大ヒットで会社からの信用を得た岡本吉起さんが、同様なゼビウスの亜流作品として企画したのが本作となっています。カプコン側も随分と力を入れていたようで、中解像モニターを使った専用筐体でのみ販売を許していました。これは作品に余程の自信を持っていた証拠と云えるでしょうね。基板売りの数倍にもなる購入価格はオペレーターからすれば負担ともなりますが、当時実績を積み重ねていたカプコンと云う事で多くの出荷台数を記録しています。カプコンに期待する業界のスタンスが分かると云うものです。中規模以上のゲームセンターには必ず1台は設置されていたと思います。

初めて本作を見た時は感動させられました。それまでのゲームにはなかった細やかで美麗なグラフィック、ハードの力を見せ付ける背景の2重スクロールと画面を埋め尽くすほどの大小様々な敵キャラクター。ゼビウスを思わせる魅惑的なミニマムミュージック。シューティング物でありながら2人同時プレイ可能な仕様も斬新であったと云えます。

しかしカプコン側とオペレーターの予想に反して本作は大ヒットするまでには至りませんでした。
その原因のひとつは難易度の高さにあったと思われます。ほぼ全ての敵に耐久力が設定されており、かなり固いのです。当時のゲーム雑誌などでは「必勝法はショット連打あるのみ」みたいな事まで書かれていました。連射なくしては攻略出来ないゲームと云う印象が強く一部のマニアにしか受け入れられなかったのです。

難度の高い原因を作っているもうひとつには、雑魚キャラの強い事が上げられます。最初に登場する敵ですら2方向に広がる弾を撃って来るのです。序盤から現れる画面下から出現する雑魚まで3方向弾を放って来ます。自機の位置に向けて弾を放つのですが、2方向3方向に拡散する性格上、その間をかい潜るように避けなければならない事も高難度に拍車を掛けています。
昆虫系の雑魚だけは弾を出さないように設定されていたら随分と遊び易いゲームになっていたと思われます。

一般に受け入れられなかった二つ目の原因は、色々な要素を盛り込み過ぎたからではないでしょうか。
ゼビウスの亜流として制作されている都合上、完成されたシステムに雑多なアイディアを独創性とすべく加味しようとして失敗しているのです。
それまでのシューティング物にはなかった2人同時プレイを始めとして、3段階のショットパワーアップ、レバー入力によるショットの射程距離変化、ボーナスステージ、敵をフルーツにしてしまう逆転アイテム、敵砲台に隠されたボーナスキャラクター、敵の弾を瞬時消滅させるメガクラッシュ……などが本作に盛り込まれたアイディアの主立ったところなのですが、どうも上手く噛み合っていないような感があります。

企画段階では敵の弾をショット2発で相殺出来る仕様だったそうですが、難易度の設定からゲームバランスまで調整不足だったと云えるのではないでしょうか。
ゼビウスの亜流として同様の方向性を持ったコナミの「ツインビー」はベルを打ってパワーアップすると云うところに特化していた為に、難度が高いにも関わらず大ヒットしています。

「1942」が大ヒットした理由は、シューティングゲームとしての根本を感じさせる打つ爽快感がシンプルに纏まっていたからに他ならないでしょう。本作の敗因はここにあったと思います。
当時のゲームは何がなんでもアイテムや隠れキャラを導入しようと腐心していました。ユーザーも諸手を挙げ歓迎してはいたのですが、本作のアイテムは煩雑になり過ぎていた嫌いがあります。ゲーム性の高い事は認められるのですが、体系統一されていないアイテムやボーナスは入手した際の感覚を麻痺させてしまうものなのだと思います。理解し難いだけに喜びも半減するのだと云えるでしょう。

ただ当時は煩雑に思えた本作のシステムではあるのですが、現在の目で遊んで見ると丁度良い按配に感じられます。難度の高さを別にすれば十分に楽しめる内容と云えますね。早過ぎた名作と呼ぶには程遠い完成度ではありますが。

最後に本作にしか見出せない仕様がありますので紹介します。
ゼビウス以降の加熱したハイスコア争いはゲームセンターを新しいコミュニティースポットへと変化させました。マニアは個々のゲームを極めようと躍起になり他人との情報交換を密にし出した結果、多くのゲームサークルを誕生させたのです。その活動の最終地点はゲームスコアのカウンターストップに行き着いたと云えます。
ゲームにエンディングがなかった時代ですので7桁または8桁の点数を振り切ろうと云う努力が盛んに行われました。
これはスポーティックな熱い争いではあったのですが、1コインで何時間も遊ばれてしまう都合、オペレーターにとって好ましからざる現象であったとも云えたでしょう。カウンターストップしたからと云ってゲームが終了する訳でもなく、上手いプレイヤーであればそれこそ1日中遊び続ける事も出来たのです。
この問題を解決するべくカプコンが本作に導入した仕様がカウンターストップ即ゲームオーバーと云う仕様でした。
「10000000点おめでとう」と云うメッセージとともにゲームが終了するのです。これは当時を知るプレイヤーには未だに語り継がれられている斬新なアイディアですね。
これ以降のゲームはエンディングシステムが導入されて行った事で、カウンターストップの意味と価値も低くなってしまいます。本作のような終了システムに後継も現れませんでした。

アーケードゲームがマニアだけの為になって行く過程に発表された本作は、その最右翼とも云うべき存在のシューティングゲームだったと云えるのではないでしょうか。

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2004.12.02

鳴禽

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甘いかの朗吟に蓋然と潜む罠
君が哀切に頬笑んでまで欲しい物は何?
辛いかの呻吟は明らかに忍ぶ嘘
君が厚顔に涙してまで欲しい物は何? 欲しい物は何?

鳴禽が羽を広げて大空に囀れば
疑念も起こし得ずに
衆生は諸手になき耳をきっと傾ける筈だろう…

嬌笑に誘われて試みるは同衿か
君が天蓋に頬笑んでまで欲しい物は何?
嬌態に興醒めて悪夢に過労する汗
自らを蔑んでまで欲しい物は何? 欲しい物は何?

鳴禽が羽を広げて大空に囀れば
疑念も起こし得ずに
衆生は諸手になき耳をきっと傾ける筈だろう…


嘘も方便とはよく云ったもので、人生に於いては確かに必要悪であるのかなとも思います。相手の為を考えてつく嘘、その場を取り繕う意味を持つ嘘。私たちは日々様々な嘘を外界に向け吐き出し生きていると云えるでしょう。
しかし元来が嘘とは全くの悪である筈です。先に述べた嘘が善意から出たものであるとしても、故意に事実を曲げたと云う意図が正当化されるものではないと思います。ここには上滑りを良しとする諦念が込められています。詰まらない件に拘泥して諍いを起こしたくはないと云う保守も見えます。万が一の争いに負ける事を恥とする虚栄さえ見出せます。
こうして見ると嘘とは、様々な負の力を込めた最も身近に用意された悪とも取れるのではないでしょうか。

ただ策略を用意しない嘘も存在します。俗に云う勘違いです。事実との相違を易々とは看破出来ない迂闊な私たちは、何処かから与えられた情報を疑いもせずに衛星の人に口伝しているとも云えます。ここに悪意が存在する余地はありません。
しかし行動の結果として考えると迂曲にしても嘘をついたと云う悪を体現しているのです。

鳴禽とは綺麗な声で雌を呼び寄せて交尾しようとする鳥の事です。知られているものとしては雀や郭公がこれに当たります。これだけを聞くと策略を用いたいやらしい動物のように思えます。
学術的な論旨は無視するとして、果たして雀や郭公は交尾したいが為に美しい囀りを口にするのでしょうか。もともと入手していた声質だとすればそこに策や悪は存在しませんし、私たちには綺麗に聞こえる囀りですが、彼らにして見れば交尾を促す下劣な言葉であるのかも知れません。「俺のおっ起った棒をお前の濡れた穴に入れさせろ」と叫んでいる可能性だって否定出来ないのです。

或る程度対人への熟練を要すると、相手の言葉と顔付きから真実を導き出す術を覚えてしまうものです。間違いなく嘘だと思える瞬間は誰にでも入手出来る経験符でしょう。しかし確証を得られる類のものとも云えません。問い質した先が再び嘘である事もある筈です。

知恵を持った人間は疑心暗鬼の輪に知らず迷い込み、抜け出す術をまた知らず生きて来た愚者に他ならないのでしょう。善悪の観念ですら明確に教育された例さえないのです。

私たちは鳴禽の声だけを意識してこれからも無意味に永劫を過ごして行かなければならないのです。

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2004.12.01

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晏如への道に戸惑い自ずから逃げ出している
懇しむ胸が痛い
しかし君だけが夢で差し伸べてくれる
能う限り長くもっと捉まえていて欲しい

円頓への足を失くし幼気が涙している
論う声が苦しい
しかし君だけが夢で糾ってくれる
能う限り強くずっと抱きしめていて欲しい

愛染にこころ焦がし今から鶴首して待つ
赤らけむ頬が熱い
しかし君だけが夢で暖めてくれる
遠山の眉が緩む 燕雀の人は嘆く


たまには変わったものをと云う事で以前書いた稚拙な詩です。友達リンクにある「喘ぎ声を¥500で売るサイト」経営者のゆきひと氏とお遊びバンドを組んでいた時に、氏の作った曲に乗せたものでした。もう10年近く前になるような気がします。
氏とはビートルズも随分演奏しました。120曲近くはコピーしたのではないかと思います。お互いに若い時分でしたので、好きなバンドをやり、或る部位が病気になるまで女の子と遊び、相手が人間とは思えなくなるまで喧嘩をし、空き巣をしたり車上荒らしまでやっていましたね。まあ楽しい時代だったと云えるでしょう。
それほどの仲良しだった氏ですが、最近は偶然街中で会うと殴り合うほど険悪になってしまいました。理由は何故だか判然しないのですが、こう云う事も人生の中ではよくある事例だとは思います。

若い時には何でもやっておいた方が良いと耳にしますが、これにも限度がありまして私や氏のように若い頃に奔放を振る舞ったお陰で現在に苦労すると云う事も考えられる訳です。
あの頃の若い行動力を自分の選択した道へ向けていれば……と云う事です。時間が決して戻らない事は物理的にも知っているので後悔はしていないのですが、平生の生活に徒労を見出したりした時には、過去の自分を遠くから見詰めて寛大な笑みを浮かべたりする事もありますね。

と色々書いて見ましたが、実はドラクエⅧにはまってしまいまして、ブログ更新を手軽に出来ないかなあと云うのが正直なところで過去の惨めな遺産を引っ張り出して来た次第であります。
通常、私は夜の仕事をしているので帰宅するのが夜中になってしまいます。それから夕飯と風呂を済ませ、妻の相手をし寝かせ付けた後に5時間ほど自分の仕事をするのです。そして寝る前の30分から1時間を使ってブログ更新をしていると云った感じです。せっかく毎日更新しているのだから途切れさせたくないなあとも思っています。継続する事にこそ意義がありますからね。
それにヒット数を見ると1日に50人以上の方が訪問されているようですので、更新されていなかったら失礼にあたるとも考えています。ただ口コミでサイトを教えたのが3人だけで、あとはリンク関係もあるんでしょうけど一体誰がこんな所を見ているのか不思議ですね。果たして面白いのでしょうか。自分ではちょっと判断つきません。

自分の時間も削りたくない、毎日の更新も欠かしたくない、ドラクエも遊びたいと云う我儘を通す為に、今日のような拙い詩を曝す時があるかも知れない事をご容赦下さいませ。

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