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2004.12.02

鳴禽

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甘いかの朗吟に蓋然と潜む罠
君が哀切に頬笑んでまで欲しい物は何?
辛いかの呻吟は明らかに忍ぶ嘘
君が厚顔に涙してまで欲しい物は何? 欲しい物は何?

鳴禽が羽を広げて大空に囀れば
疑念も起こし得ずに
衆生は諸手になき耳をきっと傾ける筈だろう…

嬌笑に誘われて試みるは同衿か
君が天蓋に頬笑んでまで欲しい物は何?
嬌態に興醒めて悪夢に過労する汗
自らを蔑んでまで欲しい物は何? 欲しい物は何?

鳴禽が羽を広げて大空に囀れば
疑念も起こし得ずに
衆生は諸手になき耳をきっと傾ける筈だろう…


嘘も方便とはよく云ったもので、人生に於いては確かに必要悪であるのかなとも思います。相手の為を考えてつく嘘、その場を取り繕う意味を持つ嘘。私たちは日々様々な嘘を外界に向け吐き出し生きていると云えるでしょう。
しかし元来が嘘とは全くの悪である筈です。先に述べた嘘が善意から出たものであるとしても、故意に事実を曲げたと云う意図が正当化されるものではないと思います。ここには上滑りを良しとする諦念が込められています。詰まらない件に拘泥して諍いを起こしたくはないと云う保守も見えます。万が一の争いに負ける事を恥とする虚栄さえ見出せます。
こうして見ると嘘とは、様々な負の力を込めた最も身近に用意された悪とも取れるのではないでしょうか。

ただ策略を用意しない嘘も存在します。俗に云う勘違いです。事実との相違を易々とは看破出来ない迂闊な私たちは、何処かから与えられた情報を疑いもせずに衛星の人に口伝しているとも云えます。ここに悪意が存在する余地はありません。
しかし行動の結果として考えると迂曲にしても嘘をついたと云う悪を体現しているのです。

鳴禽とは綺麗な声で雌を呼び寄せて交尾しようとする鳥の事です。知られているものとしては雀や郭公がこれに当たります。これだけを聞くと策略を用いたいやらしい動物のように思えます。
学術的な論旨は無視するとして、果たして雀や郭公は交尾したいが為に美しい囀りを口にするのでしょうか。もともと入手していた声質だとすればそこに策や悪は存在しませんし、私たちには綺麗に聞こえる囀りですが、彼らにして見れば交尾を促す下劣な言葉であるのかも知れません。「俺のおっ起った棒をお前の濡れた穴に入れさせろ」と叫んでいる可能性だって否定出来ないのです。

或る程度対人への熟練を要すると、相手の言葉と顔付きから真実を導き出す術を覚えてしまうものです。間違いなく嘘だと思える瞬間は誰にでも入手出来る経験符でしょう。しかし確証を得られる類のものとも云えません。問い質した先が再び嘘である事もある筈です。

知恵を持った人間は疑心暗鬼の輪に知らず迷い込み、抜け出す術をまた知らず生きて来た愚者に他ならないのでしょう。善悪の観念ですら明確に教育された例さえないのです。

私たちは鳴禽の声だけを意識してこれからも無意味に永劫を過ごして行かなければならないのです。

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