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2004.12.18

意馬心猿

chaos

涙だけ流れて時は進まない…涙だけ流れて時は進まない

君に生じた心の隙間が俄に脳を騒がせる
堅固な扉からいま世界へ羽ばたいた拙き小禽
このまま漂わせてあげたい出来る事ならば
誰の手にも捕らわれず ただ空高く空高く

君が手に入れた自由は密かに近付く苛立ち
友情が慈しみへ同情から愛恋への徒な変遷
このまま見守って行きたい叶う事ならば
誰の目にも留められず ただ愛おしく愛おしく

涙だけ流れて時は進まない…旭輪に笑顔を囁いて
涙だけ流れて時は進まない…月輪に石亀を踏み砕く

悲しみを持続せんと願わん君の心の糧は我が身に非ず
落着を潔しとせずは傷付き慣れた心の陥った虚しき主張
誰を本当に有用としているのか誰が真実を必要と求むるのか
ただ僕ではない誰かを探して当て所もなく探して探して

涙だけ流れて時は進まない…涙だけ流れて時は進まない

 
 


「心」とは何処にあるものなのでしょうか。
医学的または精神学的根拠を持たない私の場合、後頭部の少し上あたりに存在するもののように考えています。

私たちが平生に何気なく取る行動のひとつひとつには、そうしようとしなければならない確実な理由がある筈です。息を吸って吐かなければならないと云う生きる上での無意識に取る行動は抜かす事とします。

昨日の夜中の事です。帰宅途中の私は自転車が故障したらしく往生している若い女性を見ました。結局は打ち遣って通り過ぎてしまったのですが、帰宅した後も何か胸に引っ掛かる或るものが残留して消えませんでした。
どうして何もせずに通り過ぎてしまったのだろう。大概であれば私にでも修理は出来た筈なのに。彼女は無事に帰宅出来たろうか。あのまま如何ほどの時間を浪費したのだろう。もしや自転車を引きずって行き貴重な時間を浪費したのだとしたら惨めには違いない。どうして私は他人を他人として扱ってしまったのだろう……。

もやもやとして心が苦しくなったのです。
心が苦しい?
私は以前に自分なりの研究から「心」の在り所を発見していたのにも関わらずそう思ったのです。

心とは脳に集中する伝達神経の依り所なのではないでしょうか。脳に至る直前にあるか、または左右の脳を繋ぐ神経の集積地点であるとも思われます。複雑に絡み合った無数の神経が暇なく様々な信号を発しているのです。動物としての本能と人間としての理知が火花を散らして交差している様子が見えます。
信号の多くはこれまでに作られた溝を進みつつ自らへの確認を首がうと、行動の大小へと変換されます。新たな溝を刻もうとする少ない信号もある事はあるでしょう。

信号が同一線上に進むものとは限りません。別信号との接触で出でた火花が、異なる神経に信号を送ってしまう事もよくある事実です。複雑で繊細な神経が集積している以上、それを個別に知覚する事は不可能であると云えるでしょう。この曖昧な神経の伝達が俗に云う「心」なのではないのかと思います。
全くの無でもなく完全に知り得ない個人にのみある脳の閃きが、世に都合よく「心」として表現されていると云う事になります。しかし個人の所有するものであるならば、全責任はこれ私にあるのです。

心変わりだろうが、気分次第だろうが、何気なくだろうが本人の「心」が導き出した行動に他ありません。完全には把握出来ないだろう「心」ですが、知らず選択しただけの私には相違ありません。簡単に云えば「心」とは知覚し難いだけの思想であり「脳」が考える一部分でしかないのです。

心に苦しみを感じた私は「心」と呼ばれる脳神経の集積地点へと目を閉じて逍遥して見ました。切ない神経を困難にも選り分けて進むと、今回の苦しみを生んだ地点に小さな火花を発見出来ました。

畢竟、私を苦しめていたのは、動物的本能からなる焦燥に他なりませんでした。彼女は私の理想とする容姿を持っていました。手助けは下心を隠すだけの言語的表現に過ぎません。私はただ彼女と云う謝礼を欲していたのです。私の存在しない以後には他人が謝礼を受け取る可能性があります。同じ謝礼であるならば、どうして私が受け取らなかったのだろう……。

私が認識したのはただこれだけの事実でしかありませんでした。私と云う醜悪な存在の再確認に過ぎません。私の「心」は自らに醜悪を感じさせないようにしてくれていたのです。これは私の脳が無意識に下した消極であり、私が願望した能動であるのです。

何の為に私は「心」の在処を探し当てようと腐心するのでしょうか。「心」と云う美しい響きに満足して過ごす日々が幸福ではなかったのでしょうか。心の苦痛を善意に捉える純粋を何処で失ってしまったのでしょうか。
今となっては知る由もありません。ただこれ以降も、曖昧にも都合よく「心」呼ばれている動物と人間を薄皮で以て隔離している狡猾な存在に、日々怯えて生活して行く事だけは確実であろうと思えるのです。

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