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2004.12.07

ushimachi.jpg

そばにいるだけで それだけでただ寂しかった
言葉紡ぐだけで それだけでただ不安だった

優しいその頬笑みは誰が為に用いられるのか
悲しみ彩る眦は誰が思い惹き付ける為に

指 触れるだけで罪悪に嘖まれて
君 腕に抱く度にこの思い離れて行くような気がして

激しい雨はもう行き過ぎて虹の足も追えない
和らかな雨のもと見守って行く事しか出来ずに

優しいその頬笑みは誰が為に用いられるのか
悲しみ彩る眦は誰が思い惹き付ける為に
 
 


 
片思いとは最も身近な偶像崇拝である。これが私の持論です。
恋をした時に人は過大な期待と身勝手な理想を相手に持ってしまうものです。
そうして相手のちょっとした言動に期待を裏切られ、また理想の修正を迫られるのです。
しかし自らに向けられた甘い笑みを認めると、それが引力となり偶像に掌を合わすべく引き寄せられてしまう……これの繰り返しではないかと思われます。

「女なんて入れてしまえばどれも同じだ」と豪語する知人がいました。若い頃の私は頑なな態度で以て否定し続けて来ましたが、最近では「どうもそのようなものらしい」と同意すべく思想に変化が訪れて来ました。
勿論、人体的な構造の差違を当然とするならば偏見でしかない考えだとは認識しています。それなのに私は何故そう思うようになったのでしょうか。

経験上の話になるのですが、男からの片思いが成就する確率は極めて低いものだと思われます。その理由は女性が感傷の付与を男に認めない事と浪漫主義に欠けているからだと考えます。
女性は刹那にある閃きを重視します。男が抱く感傷とは長期にわたる真摯を保った浪漫主義だと云えるでしょう。女性は先ず腹に重いものを嫌って前菜から楽しもうとします。男は相手を思うあまりにメインである分厚い肉を先に提供したがります。女性は意固地にも自らの求めていないものを味わおうとする融通を見せません。男は潮騒に浚われた皿だけを見詰めて食後の珈琲だけを嗚咽する喉に片付けようと腐心するのです。
男が先に惚れた女性を喜ばせるのであれば、寿司屋でカレーを頼むしかないのです。そこには女性の求める閃きがきっと用意されているのですから。

誰よりも彼女を愛している筈なのに……恋に破れた男が口にする常套句です。これこそが女性を遠ざける決め科白であると云えるでしょう。

複数の男同士の中に一人の偶像がいた場合、男たちは無言の内にも結託して溢れる恋心を顕わとはしない努力をお互いに認めるでしょう。しかし偶像はいとも簡単に遊び人か水商売の他人に汚されているのです。それを知った時の彼らが表す皮肉を込めた寂しい笑みのなんと惨めな事か。偶像は信心よりも金品を求めているものなのです。偶像は淡い油彩画を好まず濃い水彩画を愛しているのです。

男女関係には需要と供給の均衡はないと云っても過言ではないと思います。
男女にとっての恋愛の第一義とは間違いなく性欲に他なりません。もし否定する人があるならば脳の神経を丁寧に選り分けて遡って見る事をお奨めします。きっと本来の動物を発見出来るでしょう。
性欲が手前にある以上は相手が誰であっても構わない筈なのです。
「愛しているから彼女と性交したい」醜悪なだけの綺麗事です。そのような考えを持った男が存在するのであれば、余程選択肢を持たない方であろうと思われます。

確実にそして定期的に訪れる愛恋の情(性欲)を埋めるのであれば、相手などは妥協出来る範囲で誰でも構わないと云う事になります。
これこそが「女なんて入れてしまえばどれも同じだ」とする所以です。

総論:片思いとは人生を無駄にするだけの男が求める浪漫であると云えるでしょう。

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