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2005.06.11

君に薔薇薔薇と云う感じさ

rose

二十歳の頃、好意を寄せていた女性がいまして、彼女の誕生日に二人で飲みに行くと云う幸運を入手しました。まだ純心だった私は綺麗な花束とネックレスを用意して待ち合わせの場所に三十分も早く出掛け、自らの胸に響く鼓動を誇らしげに聞いていました。

居酒屋で彼女にそのプレゼントを渡したのですが、何か怪訝な表情をされたのだけは判然と憶えています。いま考えると若かったなと云う含羞よりも、馬鹿だったなと云う諦念しか生じて来ません。

彼女には長く交際している男性もいましたし、私は単なる同級生以上の立場にはいなかった訳ですから当然とも取れる反感だったのでしょう。

奥手だった私に取って初めてとも呼べるデートであり好きな女性の誕生日だったのです。プレゼントを提供する事への疑念は全くありませんでした。きっとホットドックプレスやスコラだって推奨してくれた筈です。

誕生日に贈り物を渡す、好意を物品に置き換えて自身への満足とする……いつの頃から私に備わった慣例となったのでしょうか? 先ず間違いなくマスコミの先導だったと今では分かります。当時はまだバブル期の名残りも色濃くあった頃なので当然と云えなくないですね。

これは一例に過ぎないのですが、私たちはそれと気付かずにこのような慣例の中に生きていると思われます。道徳から生じる行動さえも意図的に刻まれた轍に過ぎないでしょう。

あなたは浜崎あゆみの曲を本当に素晴らしいと思っていますか?
     宇多田ヒカルが自分で曲を作っていると信じていますか?
     明石家さんまのギャグが面白くて笑っていますか?
     島田伸介を一流の知識人だと思っていますか?
     ジュディマディのYUKIちゃんを可愛いと思っていますか?
     星野仙一を上司にしたいと思っていますか?
     千と千尋の神隠しを面白いと思っていますか?
     シャネルやヴィトンのバッグが最高ですか?
     ファミ通のクロスレビューを参考にソフトを購入していますか?

全ての評価は他人の下した虚構であり、自らを向けさせる指標以上には成り得ないのです。しかし最終的な判断を請け負うのは自身の中だけにしろ難しい大事業であるとも云えます。評価する事とはこれ責任を負うものと一般です。とは云え結局のところ評価とは個人の好みでしか生じません。そうして見ると他人の評価を当てにする意味もなくなります。必要なのは他人に阿世するでもなく論破するとはなしに自らで対象を看破する事なのではないでしょうか。そうです見る人に依っては浜崎あゆみの曲は素晴らしい事に疑いを持たないのです。千と千尋は面白い映画なのです。正解は凡庸の中にこそ見出だせる宝であるのかも知れません。
しかし評価の判断を下せない群盲が作り出す流行が最も大きな力を発揮するのもまた事実だと云えます。
畢竟、若いだけで可愛くもないモーニング娘。と事務所の力だけで才能もないジャニーズの面々が一番偉いと云う事なんです。

PS. 私の友人には付き合っている女の子の数だけ誕生日を持っている達人がいます。これは素晴らしいテクニックだと思います。

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