恋愛相談室 35
事務職アヤ(27 )の相談
好きになる人さえ出来ないとの事ですが、その悩み自体が恋に恋している証拠ではありますね。または無闇に無い物ねだりをしているのかも知れません。
ほら、鳩が餌もないのに能くアスファルトやコンクリートの床を突ついているでしょう。結局あれと同じ事ですよ。
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事務職アヤ(27 )の相談
好きになる人さえ出来ないとの事ですが、その悩み自体が恋に恋している証拠ではありますね。または無闇に無い物ねだりをしているのかも知れません。
ほら、鳩が餌もないのに能くアスファルトやコンクリートの床を突ついているでしょう。結局あれと同じ事ですよ。
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中学生セツコ(14 )の相談
個性的になりたい。可愛くなりたい。芸能人の誰々ちゃんや某さんのようにお洒落になって、人気アイドルグループの誰それくんと付き合って週刊誌やワイドショーを賑わせ、行く行くは若手俳優の何それさんと結婚する……と云う願望をお持ちなのですね。
あまりにも超然とした夢であるので、何と云って良いものやら難しいところなのですが、先ず貴女にお聞きしましょう。「個性」とはどう云ったものだと思われていますか?
個性と云う字ズラからして見れば人にはそれぞれの特徴があるのです。千差万別、十人十色、同様が存在しないにも関わらず、敢えて個性的と云う表現が使用される意味が分かりませんね。それでも個性的と云う言葉が良い方向で使われている理由は、没個性が悪として存在するからなのです。
没個性とはこれも字ズラの通りに個性を抑えていると云う意味にも介せます。個性を隠す理由は世間への迎合として間違いないでしょう。世間とは個が見渡せる程度の範囲でしかありません。人はその狭い世界で自らを恙なく活動させる為に没個性を発揮するのです。
貴女は流行に乗る事の便利さを痛感した事がありますか? また自らの経験と知識からのみ導き出される批評眼に重きをおいて言動を顕わとしていますか? はたまた他人の批評眼を自身との相違からのみで批判した事がおありですか?
個性とは偽らない自分です。阿る事を知らない思想です。他人を遮らない融通です。そして他人を労る行動が人間を人間らしくする道徳なのです。ここに至って初めて個性が完成するものだとして良いでしょう。
個性的になりたいとする貴女ですが、これからも長く続く集団生活の中では没個性を装わなければならない状況に陥る事もあるだろうとは思います。そうした際にでも貴女は個性を発揮する為に我儘を揮おうとするでしょうか? 仲間はずれになる危険性もある状況下でもですよ。得策とは云えないでしょうし、何か無理に個性を演じていなければ許されない足枷を自らに科す事になるかも知れませんね。
詰まるところ個性的になりたいとする考え自体が意味のない「エゴ」そのものなのです。貴女が貴女らしく自然に振る舞ってさえいれば、他人を考慮して考えや意見を曲げたとしても個性は付いて来てくれます。だって、そうでしょう貴女は世界に一人しか存在しない貴女なのですから。
貴女が自身を意識さえしていれば、個性はおろか没個性さえも存在していないのと同じ事とも考えられるのです。見様見真似で芸能人に近付く必要もなければ、無理に若手俳優と結婚する意味だってないに等しいと云えるでしょう。
貴女が素朴で古臭いと忌み嫌っているご自身の名前だって、貴女が良い意味で個性を発揮し続ける事で、他人からは輝いて見えるようになると思いますよ。
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会社員ヒロシ(27 )の相談
「心」とは一体どこにあるのか、またはどんなものを指す言葉だとお考えですか?
分かり易く説明する為に、医学的または精神学的根拠を無視した形で進める事をお許しください。私の独断が考える「心」とは後頭部の少し上あたりに存在しています。
私たち人間が平生に何気なく取る行動のひとつひとつには、そうしなければならない確実な理由がある筈なのです。息を吸って吐かなければ生きて行かれないと云う当たり前の行為さえ、自然か偶然か脳が見付けた必然であり私たちに下す命令に過ぎません。生きる為に必要な行為だからこそ、当たり前の事としてその理由をお座成りにされてしまっているだけなのです。しかし、能動である以上は意識下であれ私たちの脳が促す行動を、結果として体現している事になるとして良いでしょう。
それではこれを踏まえた上で貴方の「一目惚れ」について再度検討して行く事とします。
昨夜の事、会社で催された飲み会の帰り道での出来事でしたね。適度な酔いを纏い徒歩で帰宅する途中の貴方は、自転車が故障したらしく一人で往生している若い女性を見掛けた。結局は手助けも何もせず打ち遣って通り過ぎてしまったものの、家に帰り着いたあとも彼女の姿が網膜の裏から消えず、胸に込み上がって来る或るものを残留させた……。
貴方はこの症状を「一目惚れ」の為せる業だと判断した訳です。そうであるならば以下のような考えが脳裏に浮かんだ事でしょう――
どうして何もせずに通り過ぎてしまったのだろう……
困っている女性を夜の街に一人残してしまうなんて……
大概であれば自分にでも修理するくらいは出来た筈なのに……
彼女は以後無事に帰宅出来たものだろうか……
あのまま如何ほどの時間を消費させたのだろうか……
きっと一人きりで不安であったに違いない……
どうして自分は彼女を他人として扱ってしまったのだろう……
推察通りのようですね。そうして貴方は「心」が靄掛かったかのように苦しくなったのではありませんか? そうでしょう、これもまた推察通りの筈です。
それでは貴方のお望みである「心」の在処を探って見る事にしましょう。目をお瞑りなって私の言葉を映像としてイメージしながら進みます。
お瞑りになった視線の先を眉間から折り返すように脳内に向けましょう。暗黒にも見える小宇宙ではありますが、ゆっくりと進むに従って細かく枝分かれした糸のようなものが見えて来ます。これが伝達神経と云うものです。神経は奥に進めば進むほど多くなり、複雑な枝葉を延ばして絡み合って行きます。
よく見ると神経の一本一本からは光にも似た信号が発せられています。奥から発せられた光は神経の先端まで進むと消滅し、また奥の方から暇なく循環しては消えて行きます。こうした光の行き着いた先が肉体の行動として貴方の四肢を動かしているのです。
さて次は小宇宙から脳髄の地表へと近付いて行きましょう。赤みがかった灰色の表面に細かな溝が多く確認出来るかと思います。ここにも神経の光と同等のものが蠢いていますね。大きな光、小さな光、早い光、遅い光、目映いほどの光、鈍い光、様々な信号が忙しく行き交うさまが見て取れるでしょう。これが理知とも云える貴方の思想や考えを構成する神経です。また赤く光っているのが動物的本能に近く、青く見えるものが道徳的な理知の光と云えます。基本的に赤い光が強く激しく瞬間的で、青い光はゆっくりと鈍くではありますが長い時間光っているようですね。そうして溝全体が輝き続けているものは、入手したばかりの知識が新しい溝を掘り進んでいる証拠となります。信号の多くはこれまでに作られた溝を進みつつ自らへの確認を肯うと、大小の行動へと変換される仕組みであるようです。
あちらこちらに出ている火花を確認出来ますか? 脳の信号は単純に同一線上を進むものとは限りません。隣り合った神経や交差している神経に、出所の違う信号が誤って進んでしまう場合も少なくないのです。誤ってとは云いましたが、これが悪い事とは云われません。発信地点の異なるものの最終的に行き着いた先にある思想、行動が貴方と云う人間の個性を形成していると云えるからです。
それでは、脳髄のもっと奥まで進んで行く事としましょう。神経の糸が多く縒り集まって行きます。脳髄の溝が吸い込まれるように複雑になって行きます。様々な色の光が絶え間なく輝いて明滅しています。そうです、ここが人間を司る原子炉とも云える「心」そのものなのです。ここではもう神経の糸や脳髄の溝を確認する事すら難しくなっています。複雑に絡み合った無数の糸を紐解くのは困難な事業に他なりません。信号ひとつひとつの出所を個別に知覚する事が困難だからこそ、この曖昧な神経の伝達を世間は「心」と呼ぶのです。
全くの無でもなく完全に知り得ない貴方個人にのみある脳の閃きが「心」であり、貴方個人が所有する以上は全責任を負わなければならない無形の所有物、それが「心」の正体と云う事になります。
心変わりだろうが、気分次第だろうが、何気なくだろうが貴方自身の経験や知識、ひいては生まれ持った性格から導き出される知覚し難いだけの信号なのです。
さて次に貴方の心が感じた「苦しみ」のもとを探って見る事としましょう。今一度目をお瞑りになって昨夜から感じている胸に残る蟠りをお捉えになってください。
これは容易い事業でしょう。自転車の彼女を思い浮かべるだけで認識出来る感情である訳ですから。そうです、彼女が立ち往生している様子を考えればもっと容易に入手出来る感情です。
それは胸に広がる鈍い靄みたようなものだと思われます。その中に貴方の全神経を漂わせてから、集中する事で靄の中心へと進みましょう。外界との接点であった靄は徐々に小さくなって行きます。貴方は貴方自身の「心」に少しずつ近付いて行こうとしています。靄の終点にあるのはか細い一本の伝達神経です。その神経を遡ってもっと「心」へと近付いて行きましょう。真実の邪魔をする切ない神経を丁寧に選り分けて進みます。邪魔をするものは社会的道徳、綺麗事、思い込み、偽善、虚栄心、貴方自身の作られた道徳……それらに惑わされず進むのです。
脳髄にある「心」へ近付けば近付くほど「苦しみ」の意味が判然して来たのではありませんか? 貴方がいま見ているものは彼女の裸体であり、甘く悶絶する肉体である筈です。そうです、貴方を苦しめていたものは動物的本能からなる焦燥に他なりません。彼女は貴方の理想とする容姿を持っていました。手助けとは下心を隠すだけの言語的表現に過ぎません。貴方はただ彼女と云う謝礼を欲していたのです。貴方の通り過ぎたあとに他人が謝礼を受け取る可能性を考えたのです。同じ謝礼であるならば、どうして自分が受け取らなかったのだろう……。
これが貴方の心を苦しめていた原因です。貴方と云う人間の醜悪さを確認するだけの結果となってしまった点については、求められた事とは云え遺憾の意を表しておきたいと思います。
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相談室受付エミコ(22 )の日誌
長い間当院で受付業務をしていらしたシホさんが先日退職なされました。
大学を卒業して当院で採用された私は全ての業務をシホさんから教えてもらったのですが、ここには引き継ぎの意味もあったそうで、退職なされる事は随分前から決まっていたと聞きました。
シホさんは新潟出身の肌理の細かい色白の美しい人で、年齢は先生と同い年(40手前くらい?)、来年小学校に上がる息子さんを持つバツイチ女性でした。
勤務態度は真面目そのもので、適当加減な性格の私からすると、まさしくお手本とすべき素晴らしい女性であると云えました。或る一点を除いては……
私が働き出してから一ヶ月ほど経ち、仕事にもやっと慣れて来たかなと思った頃、シホさんから食事のお誘いを受けました。断る理由もなく、むしろ喜んでご一緒させていただく積もりでした。
平日仕事が終わってからの約束であったので、近くで軽い夕食でも取るのかなと思っていたのですが、馴染みのお店があるとの事でシホさんの自家用車に乗せられました。途中で保育所に預けられていた息子ハルキくんを拾い、そこからかなりの距離を移動して寂れたファミレスへ到着しました。
ファミレスにはシホさんの知り合いだと云う五十格好の女性が既にいて、合わせて四人で食事をする事となりました。この時点でやっと不穏な空気を感じた私でしたが、時既に遅く見知らぬ土地から逃げ帰る手段もありませんでした。
シホさんは或る新興宗教の熱烈な信者だったのです。
その日、私が帰宅出来たのは夜中の二時過ぎでした。六時間あまりを勧誘されていた計算になります。
宗教に関して何の知識もない私でしたが、シホさんの入信している教団の名前は知っていました。少し前に拉致監禁問題を起こしたとかで逮捕者が出たとニュースで見たばかりだったのです。
私は本当に怖くなりました。今回はどうにか逃げおおせたものの、次に勧誘されたらどうなるか分かったものではありません。もっと辺鄙な場所に連れて行かれて入信するまで許されなかったらと思うと、覚えず背中が冷たくなって来たほどです。
それ以降もシホさんからは執拗に食事へと誘われました。私の力ではこれ以上どうする事も出来ないと感じたので、シホさんがハルキくんの風邪を理由に欠勤した際、あとさき仕方なく先生に相談して見ました。
「困ったものですね」自身も勧誘された経験を持つ先生は、その時の内容を語ってくれました。
大概は私がされた内容と一致するものでしたが、先生は仕事からの必要上、小乗仏教を勉強していた時期があったそうで、シホさんの語るおよそ仏教聖典から懸け離れた史実的な間違いや、教義そのものの解釈の相違を指摘する事に骨を折ったとの事でした。
三宝の話をした時などはどう聞き間違ったのか「また先生ったらいやらしい事ばかり云って」とたしなめられたほどだよと笑っていました。
そうして、こちらに入信の意志がないと判断した暁には「あなたは明日確実に死にます」と脅迫するのだそうです。
先生が云うにシホさんは宗教家である前に激烈な感情家であるとの事でした。付き合いの浅い私にはまだ見知らない素顔も多くあるようです。
「昔は悪い人ではなかったんですけどね」と回想もされているようでした。シホさんが今の教団に入信したと思われるのが約一年前で、お父さんが亡くなって新潟の実家に帰っていた時と一致するそうです。以前から他の宗教に入っていたらしいものの、勧誘活動は行っていなかったとの事。
新潟から戻って来たシホさんはほどなくして誰彼問わず勧誘をし始めたそうです。昼休みを利用してビルの他テナントの従業員と親しくなる事から始め、就業後は気の弱そうな専門学生を狙いゲームセンターへ赴き、挙げ句、当院では患者さんのカルテから個人情報まで抜き出し始めたのだそうです。
ここに至って先生はシホさんに退職を云い渡したとの事。それ以前にもどうにか誘掖出来るものならばと腐心して見たものの、功を奏す事はなかったと残念がられました。
これからお金のかかるであろう母子家庭を考慮して、院内での勧誘を行わない約束とカルテの管理を厳密にする事で、新しい受付が入るまでに次の職場を探す便宜を与えて先日に至った事になります。
まあ、私としては就職難のこの時代、なかなか良い職場を見付けられたのですから、シホさんには感謝しなければならないと思っています。女性が二人でひとつの仕事をする面倒より、多少忙しくなっても異性である先生だけの方が扱い易いだろうと思えますし。
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女子大生アキコ(20 )の相談
「妹のような存在」
確かに男はそのような比喩を用いたがるものです。血縁のない「妹」には様々な解釈を与える事が出来るのがその理由と云えるでしょう。
ただ単に年下の女性を表す言葉であったり、恋愛感情はないものの好印象を持っているがゆえの表現。または男性が自身の感情を顕わとしたくないが為に公然とする役割なども担っていると考えられます。
貴女が大学の先輩から受け取ったと云う「妹」は、まず態の良い断りの文句ではありますがね。
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フリーターまこと(30 )の相談
「妹のような存在」
確かに女性はそのような比喩に確実な答えを見付けたがるものです。血縁のない「妹」だからこそ、そう表現しなければならなかった理由が隠されていると云う事実を直感しているからなのでしょう。
貴方のお話を伺っていますと、貴方が「妹」に対して恋愛感情を抱いている事が分かります。そうして他人はおろか自身をさえ誤魔化す為に「妹」を公言しているのだと感じられるのです。
「妹」にせざるを得ない理由は十歳と云う年齢の懸隔。貴方が定職に就いていないが為の生活基盤の不安定。長年苦楽を共にした婚約者の存在する事実が最もなる障害と云えましょうか。
貴方は「妹」に愛恋を感じる前から彼女が語る恋の相談に耳を傾け親身になっていた訳ですね。当初は「妹」の恋の事件の過程や結果に一喜一憂してあげられていた筈です。しかし、いつの頃からか憂いだけが成長して来た事実に行き当たった……。
貴方は「妹」に近付き過ぎて知らぬ間に心を提供してしまったのです。こうなると後戻りは容易い事業ではなくなってしまいました。「妹」を自他に公言し始めたのもその頃の事だと考えられます。
貴方は溢れ出る恋愛感情と一進一退の攻防を繰り広げていますね。正直を突き通したいとする貴方と、罪悪の盾を捨てたがらない貴方が涙の対岸で闘っている様子も見て取れます。そうして「妹」は雌雄の決する時を心待ちにしている……。
戦いに白黒を付けたがるのは幼い子供の我儘に過ぎません。大人の世界では優劣の差に関係なく勝敗が決まる事もあれば、時が停戦を促して闘いをなきものとしてしまう事だって有り得るのです。決着をつけない事が終結に結びつく前例だっても少なくありません。
若い「妹」は今にきっと新しい恋人を見付ける事でしょう。切なさを懐中したまま「妹」の行く末を見守ってあげる事も、「兄」に付随する当然の権利と云えなくもないのではないでしょうか?
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キャバクラ嬢メグミ(21)の相談
嘘も方便とはよく云ったもので、この世知辛い人生に於いては確かに必要である事には違いありません。
相手の為を考えてつく嘘。自らに欺瞞を纏わせる嘘。その場を取り繕う意味を持つ嘘。私たちは日々様々な嘘を外界に向け吐き出す事で生きているとも云えるでしょう。
しかし嘘とは元来が全くの悪である筈なのです。先に挙げた嘘の幾つかが善意から出たものであったにしても、事実を故意に曲げたと云う意図が正当化されるものではないと思います。
そこには上滑りを良しとする諦念が込められています。詰まらない件に拘泥して諍いを起こしたくないと云う保守が見えます。万が一でも争いに負ける事を恥とする虚栄さえ見出だせます。
こうして考えると、嘘とは様々な負の力を持参した最も身近に用意されるべき悪とも取れるのではないでしょうか。
ただ策略を持ち得ない嘘も存在します。俗に云う勘違いです。
真実との相違を易々と看破出来ない私たちは、不確かな何処かから与えられた情報を疑いもせずに、衛星の人に口伝しているとも云えます。ここに悪意が存在する余地はないでしょう。
しかし行動の結果として考えると、迂曲にしても嘘をついたと云う悪を体現しているのです。
鳴禽とは綺麗な鳴き声で雌を呼び寄せて交尾しようとする鳥の種類です。よく知られているところでは雀や郭公などがこれに当たります。これだけを聞くと策略を用いた嫌らしい動物のように感じられるかも知れません。
学術的な論旨は無視するとして、果たして雀や郭公は本当に交尾したいが為に美しい囀りを口にするのでしょうか? もともと入手していた声質だとすれば、そこに策や悪は存在していないと見ても良いと思います。
また私たちには美しく聞こえる囀りですが、彼らにして見れば交尾を促す下劣な言葉であるのかも知れません。「俺のおっ起った棒をお前の濡れた穴に入れさせろ」と叫んでいる可能性だって否定出来ないのです。
或る程度対人への熟練を要しますと、相手の言葉遣いと顔付きから真実を導き出す術を覚えてしまうものです。間違いなく「嘘」だと思える瞬間は誰にでも入手出来る経験符と云えるでしょう。そこには悪意のない可愛らしいものや可憐でいじらしいもの、はたまた下心を隠す為だけの醜悪な策などが存在するかも知れません。しかし看破したかに見えたとしても確証が得られる類のものでもないのです。
問い質して今一度見破ろうとしたとしても、問い質した先にまた嘘が隠されているかも知れません。結局は自らの中だけで堂々巡りをするに過ぎないのです。
得てして真実とは嘘であろうがなかろうが言葉として具現化されたもの以外には有り得ないとも考えられます。相手がどのように受け取ったかで嘘が真実に変わるとも云えるでしょう。
――さて、好きでもない相手に嬌態を売る職業の貴女が悩める「罪悪感」の解消には役立ちましたか?
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準社員コウイチ(33 )の相談
確かに貴方が十年前に受けた失恋の傷は未だ癒えていないようです。
貴方は或るタクシー乗り場に順序よく並んでいたのでしょう。なかなか人気のあるタクシー乗り場です。
貴方の前に並んでいた人たちは続々と目当ての車に乗り込んで行きます。遠慮がちな貴方は他人の背中に近付く事を恐れるあまり、幾度となく横奪を繰り返されてしまいます。
さて次が貴方の順番となったものの、はたと車の往来が途絶えてしまいました。それでも貴方は根気よくお目当てのタクシーを待ち続けましたね。
しかし、あまりに車が来ないものだからと、貴方は貴方らしくなく一歩前へ進み出て、車の出所を探って見ました。
その瞬間、貴方はタクシーに轢き倒されてしまった訳です。なんと云うタイミングの悪さでしょう。
タクシーは貴方を捨て置いて何事もなく次の客を乗せて行ってしまいました。
貴方は傷だらけの体をやっとのことで起こして再び車を待ち続けます。しかし、もう二度とタクシーは現れませんでした。
まだ傷は痛みますか? 大概の傷は既になくなっているようですね。胸に残るその大きく開いた裂傷だけが事件の記憶を呼び起こさせるだけなのでしょう。
出血の止まった傷口とは素晴らしく美しいものですね。心地良い程度の痛みしか感じないのであれば、無理に縫合する必要を私は認めない方針を取っています。
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エステシャンゆきえ(26 )の相談
いままで幾人もの男性と交際して来たものの、本当に愛していたのかどうかが分からないと云うのですね。
確かに難しい問題だと思います。それは私たちが人を愛すると云う定義を、これまで具体的に学んで来なかった事に起因しています。有史以来、人間が考える最大関心事である筈の「愛」をどうして先人たちは教えてくれなかったのでしょう。
その答えは人間が人間として成立する過程から生じたものなのではないかと思われます。本来が動物である私たちは知恵の力で発展向上して来ました。他の動物から類を見ないほど優れた知能は、様々な思想内容を結果として作り出して行きます。
そのうちでも重要なのが、人は如何にして生きるべきかとする哲学としての人生観と云えます。倫理学、認識論、存在論などは知恵が生み出した人生の規矩として機能し、人間を人間たらしめる役割を担って来たと云えるでしょう。
しかし知恵に偏った結果、私たちは本来の動物を軽視して捨て忘れてしまったのです。動物が唯一遂行しなければならない生のプログラムは「種の保存」に他なりません。原初的な動物から行う本能であるだけに、知恵に溺れた人間は唯一存在の矜持から、ここに「恥」を覚えたものと考えられます。
知恵だけでは制御出来ない肉体的本能は、人間を動物へ貶める悪として機能するに至りました。
また、もともとは傷付き易い生殖器を守る為に考え出された衣服が、それ自体を隠す役割を担った事で淫欲を助長したと考えても良いでしょう。
詰まるところ「愛」とは肉への欲望をひた隠そうとした人間が生み出した、美しさを感じさせるだけの言語的表現に過ぎないのです。
そうだとするならば愛を感じた事のない貴女は、貴女の種を宿したいとする同等以上の男性に未だ巡り会えていないと云う事になります。
しかし性行為自体には満足をしているし楽しめているとの事ですから、貴女は動物と人間の中間に位置する恵まれた存在であると云えるでしょう。
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