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2010/04/12

恋愛相談室 32

公務員ダイスケ(27)の相談

 結婚すると生活の縛りがそこかしこに生ずるものです。

 血縁を決定付ける紙切れ一枚が、常識と云う慣例を道徳の名のもとに強要するのです。盆暮れ正月冠婚葬祭……無宗教の貴方には何ら関係ない人生の催事が詰まらない足枷を纏繞させて、それぞれの実家へ重い足を向かわせるのです。

 まあ、これだとて慣例を口実にして寄り合いだくらいに考えれば気も楽になるでしょう。

 ただ思うのは、元旦にする挨拶と平生行う挨拶との間には歴然とした相違があると云う事実です。これは他人の捉える重みに差があると云う実際です。

 心の籠もった挨拶であれば、「明けましておめでとう」だろうが「おはようございます」「こんにちは」だろうと一向構う気遣いさえ見出だせないと若い貴方はお考えになるでしょう。
 便宜上、挨拶文を出しましたが、そのような言葉すら不要であるのではないかと思える事も確かにあります。
 礼儀としての挨拶が不必要なのではなく、慣例の中に込められた道徳として強要させられる挨拶に、少なからず軽薄が含まれているように感じられるのが理由かも知れません。

 しかし、道徳の典範とは行き着くところ共産主義の理想とも受け取れるものであったりするのです。思想や財産を共有すると云う意味ではなく、皆が一斉に「前を倣え」しなければ許されない状況に置かれると云う意味なのですがね。

 それでは貴方が体験したかも知れないネガティブなお正月を想像して見る事としましょう。

 貴方は奥さんの実家近くにある有名な神社へと出掛けました。
 本殿に向かう黒い頭の群れに混じりながら、長い時間を過ごさなければならなかった貴方は云うに云われぬ不毛だけを感じます。
 賽銭を投げ入れて無心に自らの保守と法外な要求を祈る人だかりに、貴方は嫌悪せざるを得ない群盲を見ました。
 印刷された紙切れ一枚に過ぎないおみくじを引き一喜一憂する凡人に、貴方は残酷なほどの憐憫を感じました。
 安い屋台で扱う粗末な食料に暖を取る家族と若い恋人たちに、貴方は純粋と云う名の無知を見ます。
 厄年であろう妙齢の女性が購入する破魔矢に、貴方は無味無臭の危険を感じ取ります。
 訳も分からず連れて来られた室内犬の衣服に、貴方は上限の定められた悲しい裕福を考えさせられます。
 病気を患う父親の為にお守りを買わなければ許されない奥さんの顔には諦念が浮き彫りにされています。貴方は奥さんの眉間にある皺を見て、近い内に入手出来るかも知れない遺産の勘定をした事でしょう。
 結局貴方は皆と同じように賽銭を投げ入れて手を合わせる事で、これが正月と云うものなのだと思い込む事に決めました。

 貴方は奥さんの実家で飲みたくもない酒を酌み交わし、興味のない下品なテレビ番組を見る事で時間を共有して正月を終えます。
 貴方の無駄に磨り減らした神経と貴重な時間の代償は、義理の親が見せた満足そうな表情だけに他なりません……。


 作られた社会に組み込まれて生きて行かなければならない貴方に芽生える疑問とは、それはそれで大変危険な思想であると云えるでしょう。
 そうしてその思想とは、貴方を唯一の個体として育む有益となる事もあれば、社会からの失墜を約束する危険な誘惑とも成り得るものです。押すか引くか全ては貴方の考え方次第と云えます。

 私の助言としては、取り敢えず年老いた義理の両親を大事に扱って欲しいと思うだけですね。

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