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2011.02.28

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 13

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●スーパーマリオブラザーズ
任天堂 1985年9月13日発売

近代ビデオゲームを相撲に例えるならば、東の横綱がアーケード版「ゼビウス」、西の横綱がファミコン版「スーパーマリオブラザーズ」……これが私の個人的な認識となっています。勿論ここに八百長はありませんし、元クラリオンガールの蓮舫に「二位では駄目なんでしょうか」とも云わせません。

両者とも世間を巻き込んだ社会現象を起こした作品ではあるのですが、その意味合いは全く相違しているとして良いでしょう。
「ゼビウス」は元来からゲームを嗜んでいたマニアに近いユーザーから広がって云ったブームであり、そこからデザイン関係者、音楽関係者などの知識層に、新しい表現としての衝撃を与えた作品であると思います。

かたや「スーパーマリオブラザーズ」は一般ゲーマーから人気に火が付き、コンピュータゲームに興味のなかった人たちをも一億総一般ゲーマーに仕立て上げた功績を持つものだと考えます。プレイした皆が「ゲームとは何て面白いものなんだ」と感激した事でしょう。

どちらが偉いと云うものではないのですが、ビデオゲームを芸術へと押し上げた功績と、類を見ない独創性に重きをおき「正横綱」をゼビウスにしました。

私の中で「張出横綱」となるスーパーマリオブラザーズではありますが、ビデオゲームの発展普及と云う意味では右に出るものがないほどの記録を保持しています。
日本国内だけで681万本。全世界的には4000万本以上の販売売上を記録。ゲームボーイアドバンスで販売されたファミコンミニ版は130万本。バーチャルコンソール版も世界的に100万ダウンロードを軽く超えているようです。これからも販売方法やメディア媒体の形を変え世界中多くの人々に愛され続けて行く事でしょう。

現在ではクラシックゲームに分類されるであろう「スーパーマリオブラザーズ」ですが、当時はこれ以上ないと云うほどに高いゲーム性を感じさせてくれました。
ちょっとした慣性の働くレスポンスの高い操作性。壊せる障害物。敵を踏み付ける攻撃方法。ファイアボール遠距離攻撃。小気味よい効果音。アスレチックな地形……挙げて行けば切りがないほどの要素が全てゲームとしての面白さに直結しています。

そして隠し要素です。何気なくジャンプした際に現れた隠しブロックには驚かされました。これは何もない空間に脈絡もなく唐突に現れるシステムに驚いたのです。これ以前にこのようなシステムを持ったゲームはありませんでした。
それでもこの世界では当然のように行えるジャンプに類する行動によって出現する隠し要素であったので、不自然な感じが全くないのです。これは凄い発明だと思いました。
自分が見えていない気付いていないだけで、もしかしたら其処彼処に何かが隠されているかも知れない……この未知への期待が本作にゲームでしか味わえない魅力を加えたのだと思います。
そうして何やら怪しそうな場所でジャンプすると期待通りに出現する隠しブロック……これはプレイヤーの矜持を満足させるに足るものでした。

土管の中に入れる事にも驚きましたが、ワールドを超えたワープシステムは見事と云う他ありません。この救済措置(これはシステムの裏をかく隠し要素)のあったが為にゲーム初心者にも長く楽しめるゲームになったのだと感じます。開発の計算外であったろうノコノコを使った無限1upもロングヒットに貢献していますね。

任天堂のゲームらしいのは、決して難易度が低くないのに初心者から遊べるようになっていて最後まで放棄させないバランスを保っている部分ですね。逆説的に云えば多少難しくてもそれ以上の面白さがあるならば許容されると云う事なのかも知れません。

「スーパーマリオブラザーズ」にはゲーム開発者が見習うべき様々な要素がごまんと散りばめてありました。……が、ゼビウスと同様に「隠し要素」ありきとの誤った認識が劣化コピー作品を雨後の筍よろしく濫造させてしまいます。これは名作ならではの原罪とも取れるでしょう。当の任天堂ですら「スーパーマリオブラザーズ」を超えるその続編を未だ作れていない訳ですから。

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2011.02.27

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 12

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●アストロロボSASA
アスキー 1985年8月9日発売

アスキー参入第一弾ソフト。原作は前年に発売されたMSX版らしいのですが、雑誌等でも画面を見た記憶がありません。かなりのマイナー作品だったのでしょうか。

とは云うもののゲーム自体はなかなか楽しめる内容となっています。操作方法が変わっていて、自機は手持ちの銃を撃った反動で慣性移動するシステムが取られています。要は右を向いて弾を撃つと左方向に、下を向いて弾を撃つと上に移動すると云うものです。ここに重力と慣性が働いている為、どうにも思ったように操作出来ない面白さともどかしさが同居しています。

面クリア条件がエネルギーパックを全て入手する……となっており、敵キャラクターはちょっとした障害物程度の扱い。自機の操作移動がメインのゲームと云えるでしょう。

2人同時プレイが可能で1人で遊ぶよりも数段楽しく感じられる仕様となっています。現在でも2人協力プレイする事を前提にプレイするのなら、かなり盛り上がれる作品だと思います。最終面の宇宙(無重力)はプレイする価値のあるものとなっていますよ。


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●内藤九段将棋秘伝
セタ 1985年8月10日発売

セタ参入第一弾ソフト。ファミコン初の本格将棋作品です。
私らの世代(1970年生)ですと子供の頃はまだコンピューターゲームと云うものが一般的ではありませんでした。新しもの好きの叔父が購入したOdyssey100が自宅にあったものの、それほど夢中になって遊んだ記憶もありません。
小学校高学年の頃に任天堂ゲーム&ウォッチが発売されるまでは、ゲームと云えば「人生ゲーム」や「オセロ」に代表されるボードゲームかトランプ、そして「将棋」と相場が決まっていました。

特に将棋はクラスの男子ほぼ全員が嗜んでいた高級な趣味と云う位置付けにありました。休み時間はもとより放課後、休日を惜しんでまで没頭していたほどです。歴戦の棋譜まで憶えている輩は少なかったものの、誰もがルールを把握しておりいつでも対局出来る状態にありました。

しかし中学校に進みファミコンが普及し出してからは、とんと駒に触れる機会もなくなります。まあ、思春期を迎えますと他にも色々と興味の対象が移ろって行きますから仕方なかったのかも知れません。
それでもたまに将棋を打ちたいなと思う事があります。でも相手がいない。そんな歯がゆい思いをしていた時期に発売されたのが本作「内藤九段」だったのです。私の周りにもそのような思いを抱いていた人があったようで、幾人かの友達も本作を購入していました。

ファミコン初期の将棋物として悪くない出来映えだったのですが、CPUとの対局は味気なかったと云わざるを得ません。そこそこ遊んでは見たものの直き飽きてしまい、友人に貸したあとは消息不明となってしまいました。
ファミコンで将棋をやるくらいなら、ファミコンならではのコンピューターゲームを遊んだ方が良いに決まっている……と云う結論を当時の私は出したのでした。


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●ゲイモス
アスキー 1985年8月28日発売

ファミコン初の本格的3Dシューティングゲーム……を謳い文句に宣伝されていたと思います。雑誌紹介記事に載っていた巨大ボスはなかなかの迫力でしたが、期待感の込み上がって来る作品には見えませんでした。
実際にプレイしてもその通りで、脂身の少ないベーコンのような味気なさをしか提供してくれません。対空、地上攻撃の別ボタン割り振りや巨大ボス、敵キャラクターのデザインに「ゼビウス」の影響を見て取る事も可能なのですが、模倣作品にさえ見えない駄作ぶりです。

ファミコンの性能で3Dゲームを作る無理があったにしても、ゲームとしての面白さが欠如し過ぎています。これは開発の力不足以外の何物でもありません。ゲーム性の高い3Dシューティングを作る勘所が分かっていない為の過失と云えるでしょうね。

ゼビウスを3Dにしたらさぞや面白いだろうと云う発想は分かります。だとするならば、3Dでありながら2Dのゲーム性を組み込まなければならないのです。
2Dシューティングゲームが面白いのは、ショット射線上の敵を必ず倒せると云う決まりがあるからです。広大な3D空間でこの法則になぞらえたゲーム性を構築するのは容易くないでしょう。しかしアーケード版「スペースハリアー」のようにショットの当たり判定を見た目以上に大きくし、或る程度の誘導弾にする事で近いものは入手出来ます。
またアーケード版「アフターバーナー」のように主力武器を初めから誘導弾としてしまう冒険も可能です。
このような研究と勉強する姿勢がない限り面白い3Dシューティング物など作れる筈がありません。この点で「ゲイモス」は箸にも棒にもかからない低能な開発者が作った糞にも等しい駄作となっているのです。


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●10ヤードファイト
アイレム 1985年8月30日発売

原作は1983年に発表されたアーケード版となっています。1986年頃まではゲームセンターでよく見掛けたロングヒット作品と云えます。

日本では未だ馴染みの薄いアメフトを題材としたゲームなのですが、簡略化されたルールとゲームらしい進行具合が上手に組み合わさった作品として良く出来ています。
スピード感もなくキャラ操作が重いにも関わらず熱くなってしまうんですよね。敵に捕まった際レバーに多くの入力信号を送る事(所謂レバガチャ)で、敵を振り払うシステムを取り入れた最初のゲームかも知れません。

基本的には味方を敵に引っ掛けて不利な状況を消して行く内容なのですが、上手くなると1キャラのみを操作してタッチダウンするようになってしまいます。でもこれはこれでアメフトの醍醐味だから構わないのかな。


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●バトルシティ
ナムコ 1985年9月9日発売

原作は同社から1980年に発表されたアーケード版「タンクバタリアン」となっています。
個人的に大好きな作品で弟と2人かなり長い期間楽しませていただきました。ファミコンの性能に見合った家庭用ならではのゲーム内容も高く評価されて然るべきでしょう。

「ワープマン」とは二卵性双生児と云うか異母兄弟と云うか、古い作品のリメイクと云う出所、ゲーム内容も一致している部分が多いですね。
しかし「ワープマン」が佳作にも成り得なかったのに対し、「バトルシティ」が現在も多くの人の心に残る名作として語り継がれているのは何故なのでしょうか。

これは単純にゲームルールの明確化に他ならないと考えます。
「ワープマン」は漫然と規定数の敵を倒す事が目的であるのに対し、「バトルシティ」は味方司令部を守りながら規定数の敵を全滅させなければなりません。この縛りがある為に行動の自由が制限される=目的意識(明確化)が高まっているのではないでしょうか。

「城は攻めるよりも守る方が難しい」とは七人の侍リーダー勘兵衛の言葉ですが、迎え撃つ側だからこその制限が創意工夫を生み出します。そうして守る対象が判然としていればいるほど狭い自由をも貴重なものとし、目的の為の緊張感が高まります。そうして目的を果たせなかった時には否が応にも自刃を選ぶ他ないのです。

上の記述は少し大袈裟にですが「バトルシティ」のゲーム内容を文学的に語ったものです。ややともすると自機のミス以外でゲームオーバー条件のあるゲームと云うものは敬遠される傾向にありますが、本作に限ってはシステムとして大変良く機能していますね。
他にも三段階のパワーアップ、アイテムのランダム要素、あまり賢くない敵アルゴリズム、必要最低限ではあるもののセンスの良い記号的グラフィックス、効果音のみのサウンド……いずれもゲーム内容と合致していて外せない要素となっています。アクションゲームと云うよりは場所取りが重要な戦略ゲームとしての傾向が強い為、大人でも楽しめる作品だと思います。
オリジナル作品ではないけれど、これぞ家庭用ファミコンゲームの鑑であるとしても云い過ぎではないでしょう。

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2011.02.26

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 11

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●ドルアーガの塔
ナムコ 1985年8月6日発売

原作は1984年に発表されたアーケード版となっています。
ファミコンに移植されるとの報を聞いた時は、それこそ飛び上がらないばかりに喜びました。当時の私はアーケード版を遊んでいたものの、あまりの難しさに全面クリアを諦めていたところでした。

宝物の出現方法はBASICマガジンの付録(不完全で穴あり)と、それに書き加えて行ったらしき筐体に貼られた紙で或る程度は分かっていたのですが、それよりもアクション性の高さに挫折したのです。
本作でミスする要因を敵に求めると、マジシャン6割、ウィスプ2割、スライム2割と云った感じになると思います。その他の要因では扉と鍵の配牌8割、時間切れが1割、45Fでリザードマンとブラックナイトが合体しているが1割となります。

敵それぞれで倒し方の異なる独特なルールとランダム処理による不安定要素など中学生の私にはかなり難しいゲームであったのです。
それに当時本作を遊んでいたのはマニアの中のマニアと呼べるような濃い人種であったので、そのような人たちがいない瞬間を見計らって遊ばなければならなかった事も関係しています。大体にしてそのような人たちは自分らの全面クリアプレイを照明避けの段ボールで隠していましたし、誰かが遊び始めると決まって小馬鹿にしながら観賞するのを常としていました。

上達しようにもそれを許さない環境がゲームセンターにあった訳です。そんな折に発売されたファミコン版は正しく天の恵みにもなると思っていました。
予約までして購入したファミコン版の正直な第一印象は「なんだ、こりゃ?!」でした。
かろうじて「ドルアーガの塔」に見えるものの、迷路は狭いし、レンガが赤すぎて不自然だわ、ゴールドナイトたるギルがカッパーナイトに見える上に、剣を出してるんだか出してないんだか分かり難いやら、サウンドの音色がチープだわ、グリーンスライムからして落ち着きなく動き回り過ぎだわ……とアーケード版との違いが目立って仕方ありません。遊んで行く内に慣れては行ったのですが、細かい違いがそれにも増して見えて来るようになりました。

とは云うものの最終的には家庭用ゲームとして良く出来ていると思い至りました。少ない容量と貧弱なハード性能でよくここまで再現出来たものだと感謝したほどです。アーケード版にひとかたならぬ思い入れがあったが故の落胆に過ぎなかったのでしょう。その証拠には遊びまくって購入3日後にはノーコンティニューでクリア。「裏ドルアーガ」の存在に気付きBeep誌に電話したのも良い思い出となっています。
「裏」は自力で全ての宝物の出現方法を発見するまでやり込みました。以後ゲーセンで再び遊び始めた事でアーケード版もクリア出来るようになりました。これはひとえにファミコン版での練習の賜物と云えるでしょう。

現在そしてこれからも「ドルアーガの塔」は私の中で歴代ビデオゲームTOP3の中に留まり続ける事は確実です。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/10/post_1.html

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2011.02.25

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 10

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●ジッピーレース
アイレム 1985年7月18日発売

アイレム参入第一弾ソフト。原作は1983年に発表されたアーケード版となっており、当時のゲームセンターには必ず置いてあるロングヒット作品でした。
現在のように消費回転率がシビアではない時代だったので、二年越し三年越しのヒット作と云うのも珍しい事ではありませんでした。

本作は分かり易いゲームシステムとバイクレース物と云うところから比較的低年齢層に受けていたと思います。タイトーのアーケード作品「アルペンスキー(1982)」のバイク版として作られたのだと思うのですが、初めてのプレイからルールを把握出来て、その楽しさも享受し得る素晴らしさを持っています。

現在の目で見れば古い文法に則ったゲームとしてチープさを感じるかも知れませんが、ことゲーム性と云う観点からは今でも通用する面白さを所持していますよ。
LEDの付いた光るROMカートリッジは当時新しく、現在に懐かしい思い出ですね。


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●ドアドア
エニックス 1985年7月18日発売

エニックス参入第一弾ソフト。原作は国産パソコンPC-6001mkⅡ版で中村光一さん(現チュンソフト社長)のメジャーデビュー作となっています。
見た目の可愛らしさとは裏腹にかなりパズル性の高いゲームです。ぱっと見のゲームシステムからはそれが想像出来ないのですが、敵キャラクターの誘導がゲームの肝となっています。逆にここに気付けないと詰まらないアクション物となってしまう事でしょう。

当時PCを持っていなかった私は評判の高かった本作の移植を心待ちにしており、購入後は夢中で全50面クリアするまで遊び続けました。
その上での感想なのですが、アクションパズル物として良く出来ていましたし楽しめたものの、インディーズ作品の域を出ていないなとの印象を受けました。

これはゲームシステムとグラフィックスの相性が悪く納得性が低いからだと思います。
敵をドアの中に閉じ込めると云うアイディアは素晴らしいのですが、単純に絵として分かり難いと感じます。ドアの中に消えた敵を閉じ込めると云う事は、間接的→間接的としか捉えられません。
アイディアを出す事に優れた企画者が陥り易い罠のひとつで、システムありきで考えてしまうとこうなってしまうのです。他の例で云うとゲームフリーク田尻智さんの作った「クインティ」も同じですね。素晴らしいアイディアで完成されたゲームシステムを持っているものの、ゲームとしては微妙に詰まらない……。本作はこれを地で行くタイプの作品となっています。


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●スーパーアラビアン
サン電子 1985年7月25日発売

サン電子参入第一弾ソフト。原作は1983年に同社より発表されたアーケード版「アラビアン」となっています。
当時にして既に過去のゲームと思わせるほど古臭いゲーム文法。ゲーム性は低くないものの、何ら語るところを持たない作品となっています。


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●フロントライン
タイトー 1985年8月1日発売

原作は1983年に発表されたアーケード版となっています。斬新な操作入力装置「ダイヤルスイッチ」が導入された第二作目としてロングヒットを記録しました。

「ダイヤルスイッチ」はレバー上部にその名の通りダイヤルが付いており、これをカチカチと回す事で弾の発射方向を指定出来ます。またダイヤル部はPUSHボタンも兼ねていて押し込む事で弾を発射。要は自機の移動方向と攻撃方向を別個で指定出来る画期的なインターフェイスだったのです。
この操作システムは今までに感じた事のない刺激に満ちていました。
敵攻撃の射線上に立たないように回避移動しながら、自機攻撃方向を指示修正しつつ移動、そして攻撃……このような流れで進んで行きます。これが非常に知的な面白さを与えてくれました。遊んでいたユーザー層が子供から大人までと幅広かったのも特徴ですね。

しかしファミコンへの移植版は十字キーで移動し、移動方向へのみしか攻撃出来ません。これだけで凡百どころか単なるクソゲーになってしまいました。
ダイヤルスイッチの操作をなくしてしまえば、ゲームシステムから来る文法は旧態依然としていて理不尽さを感じさせるものでした。
それにしても攻撃方向を指示する手順を減らしただけで、こうもゲームの面白さとは変わってしまうものなかと驚いた記憶があります。

細々とではありますがロングヒットしていた原作も、カプコンからアーケード版「戦場の狼」が発表された事でその寿命を完全に絶たれてしまいました。

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2011.02.23

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 9

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●スターフォース
ハドソン 1985年6月25日発売

ハドソンが「ロードランナー」の次に目を付けたのは、前年にアーケード版がスマッシュヒットしたテーカン(現テクモ)の縦スクロールシューティングゲームでした。高橋名人と云うカリスマを仕立て社会現象まで起こしたのですから、素晴らしい眼力と云わざる他ありません。ゲーム自体も良く出来ていましたので、企画開発、営業広報販売が奇跡的な力を発揮していたとしても良いと思います。

原作であるアーケード版は出荷当初こそマニアらしき方たちがプレイしていましたが、出荷台数の少なさからか大したヒット作と云う訳でもなかったような気がします。実際いつでも待たずにプレイする事が出来ました。この当時人気作の周りには常に人垣があり、テーブル筐体の上に¥100硬化を置いておくなどして順番を待ったものです。スターフォースに限って云うとそのような記憶が全くありません。ゲーム内容からグラフィックス、サウンドに至るまで素晴らしい作品なんですけどね。

そんな不遇の名作に脚光を浴びせたのがハドソンの移植版と云う事になります。コロコロコミックと連係した宣伝戦略と足を使った全国キャラバンで、一躍スターフォースは時の名作となった感があります。

私は以前から細々とアーケード版で遊んでいた為、この流れには敢えて乗りたくなかったと云うのが正直なところです。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/12/post_16.html


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●エレベーターアクション
タイトー 1985年6月28日発売

原作であるアーケード版が発表された1983年当時、本作はドラマチックな構成と展開、ゲームとしての面白さで大ヒットしました。ハード側の制約とゲームは架空のものであるとする縛りが、リアルな等身を持つ人間を主人公とはし得なかったのです。そんな状況に風穴を開けたのが本作の功績と云えるでしょう。以後の同社「影の伝説」もその流れを汲む作品のひとつですね。

それから2年後に移植されたファミコン版なのですが、この頃になると斬新であった筈の人間キャラも当たり前のものとなっており、ゲーム性の薄い本作は凡百のゲームと変わるところを持たなくなってしまいました。せめてこの1年前に移植されていたならばと思わせる残念な作品と云えるでしょう。


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●フィールドコンバット
ジャレコ 1985年7月9日発売

原作は同年に発表されているアーケード版なのですが、私はオリジナルをプレイした事がないんですよねえ。稼働しているところを見た記憶もありません。ゲーセンパラダイスと呼ばれていた仙台駅周辺でもこんな感じだったのだとすれば、よほど出荷台数が少なかったのか印象に残らないゲームだったのでしょう。

ファミコン版も地味な印象しか残さない作品となっています。
ギャラガよろしくトラクタービームで敵を捕獲し、将棋の駒のように味方として利用出来る……と云うゲーム内容です。なかなか考えられたシステムなのですが、ゲームとしては面白く仕上がっていません。
もともと縦画面のゲームを横画面にした為、敵が唐突に出現する嫌いがありますし、味方システムも錬られていない感ありありです。自機の攻撃力も貧弱なので何を楽しめば良いのか分からないゲームとなっています。
上手く作っていれば現在のタワーディフェンス系のような作品になっていたのかも知れませんね。


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●ロードファイター
コナミ 1985年7月11日発売

原作はこの前年に発表されたアーケード版となっています。
ゲーム内容はトップビューの2Dレーシング物となっており、ビデオゲーム黎明期の同ジャンル作を当時のグラフィックスで蘇らせたら……と云う方向性から作られたものだと思います。スーパーカー消しゴムのように小さな自車を操作するシンプル極まりない内容なのですが、個人的に大好きな作品です。

ファミコン版は2コース減少しているものの良く出来た移植物となっています。スピード感もありますし、操作性もかなり良好です。
ただ横画面モニターで遊ばなければならないので、ゲームシステムの都合上、上方向から出現する敵車が認識し難い欠点を持っています。その点でアーケード版よりも咄嗟の判断を余儀なくされています。これは致し方がない部分でしょうね。

現在でも少し遊んでみる分には楽しめる佳作となっていますよ。


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●ワープマン
ナムコ 1985年7月12日発売

1981年に同社からアーケード版でリリースされた「ワープ&ワープ」を現代風にアレンジした作品です。
それまでの忠実な移植を行って来たナムコットシリーズとは趣を異にするゲームと云えますね。これはアーケードゲーム基板の高性能化につれてファミコンへの移植が難しくなっていた為の苦肉の策だったのかも知れません。それでも本作は小粒ながらも楽しめる作品には仕上がっています。

原作の「ワープ&ワープ」は任天堂のアーケード版「シェリフ(1979)」に材を求めたシューティングゲームだとは思うのですが、お世辞にも良く出来た作品とはなっていませんでした。
「シェリフ」自体は「スペースインベーダー」の持つ敵侵略型システムの亜流変形とも呼べる作品なのですが、「ワープ&ワープ」を経て「ワープマン」が開発される段階でこの事実が忘れ去られています。その為に「ワープマン」と云うゲームには核が見えない曖昧さが付き纏っているように感じます。
シューティング部分の爽快感などは良く出来ているものの、目的が判然しないゲームに見えるのはその所為ではないでしょうか。

このような制作側の手落ちと不勉強は、二卵性双生児とも呼べる「バトルシティ」で後日落し前を着ける事となります。

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2011.02.22

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 8

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●レッキングクルー
任天堂 1985年6月18日発売

マリオが主役のゲームにしては面白くないな……と云うのが第一印象。原作であるアーケード版よりプレイフィールドが広がり、色々な仕掛けも増えてはいるけど単調なゲームだと思いました。

しかしプレイしていると時折隠れアイテムである「ゴールデンハンマー」が出現。これを入手すると一気にゲーム性が変化します。耐久力のある壁はおろか、敵キャラやブラッキーまでも叩く事が可能。ゲーム進行も一気にスピードアップし爽快感に満ちたゲームとなります。今で云うチートアイテムみたいな感じでマリオがやられるまで効果が持続します。

それでもアクションパズル物としてはやや物足りない内容で、全50面クリアする前に諦めかけたのですが、壁を壊した際たまに出現する「M」と云うアルファベットが気になりました。これは壁を或る順番で壊して行くと現れる「M-A-R-I-O」の文字で1UPのフィーチャーでした。
これに気付いてからは全面で「M-A-R-I-O」を探すため躍起となりました。壁を一枚壊して文字が出なければセレクトボタンで自決……これを繰り返し繰り返し行い、手書き地図を埋めて行きました。
ここまでしなければ面白くならない作品ではあるものの、私の中では中学三年生の一時期をかけた思い出深いゲームとなっています。


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●スパルタンX
任天堂 1985年6月21日発売

この前年に公開されたジャッキーチェンの主演映画をタイトルとしたアーケード版(ともに1984年)が原作となっています。

映画「プロジェクトA(1983年)」でそれまでのモンキーシリーズから脱却し大成功を収めていたジャッキーでしたので、「スパルタンX」と云う新作ゲームの方も話題に事欠かなく大ヒットを記録しています。
この当時は映画「少林寺」が公開された後でもありカンフーブーム真っ直中と云っても良い程でした。アーケード版は主にヤングアダルトなお兄さんたちやサラリーマンのおじさんが絶え間なくプレイしていました。ゲームセンターがまだ不良の溜まり場とされていた時代でしたので小中学生の若年層は遊びたくても遊べなかったんですよね。

そんな折に移植されたファミコン版も売上本数142万本の大ヒットを記録しています。
操作性が改善され難易度が低くなった事でかなり遊び易くなりました。ゲームセンターに通えなかった私の弟などはかなり夢中になって遊んでいたのを記憶しています。現在の四十路を迎えた私がプレイしても十分に楽しめる優良移植作品と云えますね。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/10/x.html


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●ハイパーオリンピック
コナミ 1985年6月21日発売

原作は1983年に発表されたアーケード版となっています。この当時のゲームセンターで本作は凄まじい熱量を以てプレイされていました。
ご存知のようにボタンを早く叩けば叩くほど記録が出易くなる操作システムでしたので、素手でのプレイ方法に限界を感じたプレイヤーたちが、様々な道具を試しながら躍起になって遊んでいたのです。

有名なところで云うと、素手による痙攣打ち……爪を束ねて擦る……ガチャポンのカプセル擦り……ピンポン球擦り……定規を使った振動打ち……割り箸を使っている人なんかもいました。
この光景がまた凄まじく異様だったのを憶えています。当時本作を遊んでいなかった私からすると(と云うよりは初心者お断りゲームのひとつだったので)、画面も見ず狂ったように腕を激しく動かしているマニアたちは、周囲に恐怖さえも提供するほどでした。
ゲーム台のコンパネはボタン周辺だけ塗装が剥げてベコベコに凹んでいたのも怖かった……。

ファミコンに移植された事で気兼ねなくプレイ出来るようになった本作ですが、競技が2種目減っているものの友人や家族と楽しんで遊べました。
しかし、競争相手が少ない事からすぐに飽きてしまうゲームの代表でもありますね。アーケードゲーマーほどの熱量は家庭では決して生まれないなとも悟った瞬間でした。

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2011.02.21

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 7

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●チャンピオンシップロードランナー
ハドソン 1985年4月17日発売

個人的ではありますが、私のゲーム史になくてはならない記憶として未だ存在を大きくしているのが本作です。遊んでいた期間は一週間ほどの短いあいだだったものの、寝ても醒めてもと云う表現が大袈裟ではないほど遊び続けました。
前作である「ロードランナー」の上級者に向けて作られたバージョンであり、搭載されていたエディットモードでユーザーの作成した全50面が厳選搭載されています。

とにかく難しいゲームでした。特にパズル部分が複雑で、時間差掘りなど様々なテクニックを駆使しなくてはなりませんし、宝を取る順番工程、敵キャラの誘導……出来得る事すべてを考え行動しなくては1面クリアもままならないほどでした。

ファミコン版は原作と違い2×2画面の任意スクロールとなっていて、特に激ムズな内容となっています。やはりこの手のパズルゲームで全体を把握出来ないのは致命的でしたね。ポーズ中に画面をスクロールさせられる施策があるにしても辛かった。
それでもアクションパズル物としての面白さに充ち満ちていて止め時が見付かりませんでした。
全面クリアした際の充実感とその直後にやって来た真っ白に燃え尽きた気分は未だ忘れられません。


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●イーアルカンフー
コナミ 1985年4月22日発売

これは残念な移植作でした。当時原作であるアーケード版が大ヒット稼働中であったので、よもやMSX版の移植になるとは思ってもいませんでした。
ファミコン版もゲームとして詰まらない訳ではないものの、原作のダイナミックな(ぱっと見)ゲーム性に較べてしまうと、どうしても「タイニー」に思えて仕方がありませんでした。


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●けっきょく南極大冒険
コナミ 1985年4月22日発売

本作もMSXからの移植となっています。もともと本格的なゲームとして開発されたものではない為か、難易度の低い単調な内容となっています。牧歌的なゲーム性と音楽、可愛いキャラクターが良いですね。
コンピュータゲームをやり始めたばかりのお子さんたちにはお奨めしたい作品となっています。


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●忍者くん 魔城の冒険
ジャレコ 1985年5月10日発売

これまた非常に残念な移植作品でした。この前年に発売されたMSX版がかなり良く出来た移植作であったのでファミコン版も期待していたんですけどね。
蓋を開けてみれば敵キャラは少ない、アルゴリズムが違う、ボーナスステージも一種類のみ、プレイアビリティが低いなど散々な出来映えと云わざるを得ませんでした。
ほぼアーケード版と同様だったMSX版に勝っていたのはグラフィックスのみでしょうね。
それでもマイナー作品を過ぎなかった「忍者くん」を一般に認識させてくれた功績は大きいと思います。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_6.html
併せて「開幕パターン」の攻略記事もご覧下さい。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/cat7580566/index.html


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●ちゃっくんぽっぷ
タイトー 1985年5月24日発売

原作は1983年に発表されたアーケード版で以後国産PCの多くに移植されています。もともと出荷台数の少ないマイナー作品ではあるのですが、ハードパワーを必要としないゲームシステムとゲームの面白さが巧みに合致した幸せな例であると云えるでしょうね。

ファミコン版も面数が少ない以外は良く出来ていると思います。全9面のループなのですが、原作で特徴的だった「水袋」のフィーチャーがないのは残念です。同じく容量の問題でブレイクタイムとエンディングのデモがないのも寂しいところ。

独特な操作方法と地味なゲーム性から一般的な作品とは云えないものの、個人的に大好きなアクションパズルゲームです。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_22.html


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●ディグダグ
ナムコ 1985年6月4日発売

原作は1982年に発表されたアーケード版となっており、それまでになかったアイディアとゲーム性の高さで大ヒットしロングヒット継続中でした。個人的にも大好きな作品で毎日通っていたゲームセンターで必ず遊ぶゲームの筆頭となっていました。

原作は縦画面、移植作は横画面なのですが、ディグダグに限って云うと横画面の方がゲーム性が高く感じられます。これは前々回に記した解像度の違いによるゲーム性のマイルド化が窯変させている部分だと思います。今から遊び始めても楽しめる作品ではないでしょうか。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/10/post_6.html


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●フラッピー
デービーソフト 1985年6月14日発売

全200面あるアクションパズル物で、原作であるPC版は国産機の殆どに移植されていた人気シリーズとなっています。
当時多くあったPCのアクションパズルの中でも良く出来ていた部類の作品ですね。この手のジャンルが好きな方であれば今でも十分に楽しめると思います。
パズル性が高くアクション性は低いものの、敵の動きに乱数を入れる事でアクション部分のカバーリングとなっています。

重力を用いた岩の落下がパズルのテーマとなっていますが、自機と敵には移動制限がなく四方八方に動き回る事が可能。これが古き良き香りを持ったパズルゲームだなと感じます。遠隔操作出来る「催眠キノコ」もアイディア賞ものですね。

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2011.02.17

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 6

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●エクセリオン
ジャレコ 1985年2月11日発売

原作であるアーケード版ほどクセの強さを感じませんが、十分にエクセリオンの移植が為されていると感じます。
しかし縦画面のゲームを横画面にしてしまうとプレイ感覚は随分と変わってしまいますね。本作ならではの大胆に移動する事が適わずせせこましく感じられますし、敵との距離が近すぎて難易度が変に上昇しているようにも思えてしまいます。それでもゲームとしては完成されているかな。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_7.html


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●ギャラガ
ナムコ 1985年2月15日発売

原作であるアーケード版は1981年の作品なのですが、この当時でもロングヒットを続けていたゲームであった為、ギャラクシアンやパックマンほど古いゲームと云う印象はありませんでした。それどころか本作独特の高いゲーム性は30年後の現在に於いても色褪せていないと感じます。

本作もオリジナルは縦画面なのですが、そこはナムコット作品ですので絶妙なバランス調整が施されていて、家庭用テレビの横画面でも遜色なく楽しめるようになっていました。敵を倒す部分のゲーム性はアーケード版よりも高く感じるほどです。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2005/04/post_1.html


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●バンゲリングベイ
ハドソン 1985年2月22日発売

原作は米ブローダーバンド社がホビーパソコン「コモドール64」で前年に発売したものです。ファミコンへの移植版は三大クソゲーの一つとして数えられる事が多いですね。
個人的にはクソゲーだとは思わないのですが、面白さが分かり難いタイプのゲームではあると思います。
ジャンルとしては一応シューティングと云う事になるのでしょうが、ゲーム性の主たる部分は索敵して見付けた工場を爆撃するところにあります。敵戦闘機とのシューティングパートはストレスが溜まるばかりで爽快感などとは無縁とも云えます(原作はもう少しスピード感があり緊迫感に充ちています)。
それでもゲームとしての文法は整っていて地味ながら楽しめる作品になっています。本作をクソゲーに貶めてしまったのは当時「コロコロコミック」と制作元ハドソンが行った販売戦略によるところが大きいのではないでしょうか。何かあらぬ方向に子供たちを期待させておいて、実は大人向きの地味ゲーだった……みたいな感じだったと思います。

本作はトップゲームデザイナーとして現在に君臨している「ウィル・ライト」のデビュー作としても有名ですね。「シムシティ」が世に出る5年前の作品と云う事になります。


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●フォーメーションZ
ジャレコ 1985年4月4日発売

スタジオぬえ制作アニメ「超時空要塞マクロス(1982)」のヒット以降、戦闘機がロボットに変形するゲームが多発しました。本作もその中の一つと云えます。この前年にマクロスの劇場用アニメ「愛・おぼえていますか」が公開されており、その影響下に作られたゲームである事は明白ですね。

マクロスと云うと凄まじい弾幕の中スピーディーな戦闘シーンが繰り広げられる……と云う印象が強いのですが、フォーメーションZは思いっ切り地味なゲームです。
ロボット状態で摺り足移動しながらエネルギーをしこしこ溜めて行き、貧弱な戦闘機状態でこれまた貧弱な敵と交戦する。文字に起こしてもかなり寂しくなってしまう作品と云えます。

しかし、この作品も旧態依然とはしていますが、ゲームの文法としては破綻していないので地味ながら楽しめるタイプではあると思います。現在にリメイクするならば、自機ショットの攻撃を広範化し、敵の物量を何倍にも増やすだけで面白くなりそうな気がします。

それと気になる事がありまして、ボスがグラディウスのビッグコアと瓜二つなんですよね。原作であるアーケード版はグラディウスよりも以前に発表されているので、オリジナルデザインとしては本作に分があります。何か経緯でもあるのでしょうか? それともコナミがパクっただけ?


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●サッカー
任天堂 1985年4月9日発売

「ウイニングイレブン」など当世のポリゴンリアルサッカーゲームで育った方には信じられないでしょうが、任天堂のサッカーと云えば当時最も本物っぽいサッカーゲームだったのです。
本作の発明はBボタンを押す事で操作するキャラを選択出来る……と云う部分にあります。もっと正確に云うとBボタンを押した時点で最もボールに近いキャラを動かせるようになると云うシステムです。これは以後のサッカーゲームにも脈々と受け継がれて行く画期的な操作方法でした。
この操作システムがあって初めて多人数を扱うスポーツゲームがリアルに近付いたとしても大袈裟ではないでしょう。
「ベースボール」の頃には味わえなかった没入感に日々夢中になって家族友人と対戦に明け暮れたものです。
まだ市民権を得る前のサッカー競技でしたから、153万本と云う販売数が如何に凄かったのかを実感されられますね。


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●スペースインベーダー
タイトー 1985年4月17日発売

同社ファミコン参入第一弾ソフトが本作となります。時代後れの感すらも覚えず「何故?」と云った懐疑心さえ抱かせました。もっと平たく云えば「誰が今更……」と云うタイトルであったとした方が正しいでしょうか。
現在から見ればインベーダーが起こした社会的なブーム、全ての始まりを作った功績から一目を於かれる存在である事に相違ないのですが、当時の日々発展して行くビデオゲームの世界からすると、ただ古臭い作品としか見られていなかったのです。
価値がないと云う意味では「骨董になる前の手垢がついた汚い壷」……こんな比喩でも差し支えないと思います。

それでも私はビデオゲームの始祖たる「スペースインベーダー」を所持したいとする気持ちで発売日に購入しました。そうして想像していた以上の悄然を味わいました。
とにかく移植度が低いのです。シンプルな作品ゆえ原作との違いはそうはあるまいと思えそうなものですが、敵インベーダーのグラフィックスはこんなのだったか?と疑問を想起させ、サウンドはもともと内蔵されている音源をそのまま使いました的なお座成り感。タイトーと云うゲームメーカーの劣悪をしか提供してくれませんでした。

ナムコット第一作目の「ギャラクシアン」にはメーカーのポリシーと矜持を感じさせてもらいましたが、タイトーの「スペースインベーダー」にはそのような気骨が微塵も含まれていなかったのです。

この5年後、私はタイトーのゲームセンターにアルバイト入社しました。そうして20年経った現在にも籍を置いているのですが、タイトーと云うゲームメーカーの酷さを日々体感して過ごしています。保守、言い訳、誤魔化し、やっつけ……これら全てがファミコン版「スペースインベーダー」にも込められていたphilosophyだったとは……。

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2011.02.15

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 5

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●バルーンファイト
任天堂 1985年1月22日発売

現在でもたまに遊びたくなる事があるくらい個人的に大好きな作品です。ゲーム内容については以前書いた記事がありますので宜しければ参照して下さい。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_15.html

ファミコン版が発売される前の1984年冬頃にアーケード版が発表されています。これは「任天堂VS.システム」と云うアーケード基板で稼働していました。赤い筐体にモニターが背中合せに配置してある特徴的な外観を持っていて、最大4人同時プレイが可能な愛らしい1筐体でした。
1P側と2P側で別々のモニターを使用すると云う点で、現在の対戦台の始祖であるとも云えます。ストリートファイターシリーズなどのように同じ画面を別のモニターで操作すると云う単純な仕組みではなく、バーチャロンシリーズなどと同様に1P側と2P側で別々の画像が表示出来る斬新なシステムがこの頃既に搭載されていました。

ファミコンとの汎用性を持ったシステムで開発されていた事から、以下の同名作品が稼働していました(任天堂製のみ)。

VS.麻雀 (1984.02)
VS.テニス (1984.02)
VS.ベースボール (1984.05)
VS.ゴルフ (1984.08)
VS.レッキングクルー (1984.08)
VS.ピンボール (1984.09)
VS.アーバンチャンピオン (1984.?)
VS.バルーンファイト (1984.11)
VS.クルクルランド (1984.12)
VS.エキサイトバイク (1984.12)
VS.アイスクライマー (1985.02)
VS.バンゲリングベイ (1985.05)
VS.マッハライダー (1985.08)
VS.サッカー (1985.12)

年代的に見ると、移植版が全く違うゲームになっている「レッキングクルー」を除き、「ピンボール」までがファミコンからの移植。「アーバンチャンピオン」以降が同時に開発していたと云う感じでしょうか。
いずれもゲーム内容はファミコン版と基本同様なのですが、容量を多く使う事が出来たからかキャラクターが多いなど一部中身が豪華になっていたりします。

その中にあって「バルーンファイト」は特殊な例で、ゲームシステム自体が改変されたものとなっています。相違点はファミコン固定1画面。アーケード上下任意スクロール2画面と云うものです。たったこれだけと云えばそうなのですが、プレイ感覚は随分と違うものに感じられます。

ファミコン版は1画面内で全ての状況を把握して立ち回る戦略性の高いアクションゲーム。アーケード版は広い空間で大きく移動しながら敵を倒す純粋なアクションゲーム……このような差異を感じられます。
どちらが面白いかと問われれば個人的にはファミコン版に軍配を上げます。敵との位置取りが重要なゲームですからシステムとしては固定画面の方が向いていると云う理由です。またスクロール近辺で不意に現れた敵や雷にやられてしまう事もありません。それにアーケード版では「バルーントリップ」が遊べませんしね。実はこれが一番大きいのかも知れません。


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●アイスクライマー
任天堂 1985年1月30日発売

ファミコン初期のオリジナル作品としてかなり良く出来たゲームですね。現在に遊んでみても充分楽しめます。
ゲーム内容がゲームとして完成されていて、初めて遊んでもルールが把握出来て猶且つ楽しめるのは素晴らしいですね。
2人同時プレイにも意義があり、モニター内の仮想空間で同じ空気を味わっている感に包まれます。
決して簡単なゲームではないものの初心者からでも夢中になれる稀有な作品だと思います。

トータル売上100万本。

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2011.02.09

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 4

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●アーバンチャンピオン
任天堂 1984年11月14日発売

ファミコン初の対戦格闘物ですね。攻撃力の強弱、攻撃方向の指定、防御と格闘ゲームの基礎がこの頃から既に確立されています。勝敗も3ラウンド先取と現在の形を先取り。対戦プレイも搭載されており、友人たちと熱くなりながら遊んだものです。

ゲームシステム自体は良く考えられていて素晴らしいのですが、こと一人で遊ぶCPU戦は遊んでいて楽しいタイプの作品とは云い難いかも知れません。
グラフィックスの細かな差異で敵の攻撃方向を見分けなければならない部分や、攻撃等のアクション後に操作を受け付けない時間が多くある事、これらは電卓のボクシングゲームから何ら発展していませんでした。

しかしガチャプレイの対戦でも多いに盛り上がれたのですから、これが制作の意図したものだとすれば失敗ではなかったのでしょう。企画者は新しい轍を数多く残された横井軍平さんですしね。


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●マッピー
ナムコ 1984年11月14日発売

原作であるアーケード版が1983年5月発表であるので、1年半後に移植されたファミコン版マッピーはまだまだ新しい作品と云う印象。ゲーム少年たちにとって最新のアーケードゲームが家で遊べると云うのは何よりの幸せでした。

アーケード版は縦画面モニター仕様でニャームコ屋敷6階建て、ファミコン版は家庭用テレビですので横画面でニャームコ屋敷5階建て。この一階の差でプレイ感覚が随分違うものなんだなと思いました。プレイフィールドが狭くなる事で視認性が低くなり、敵キャラクターの動きが把握出来なくなる分で戦略性が損なわれる結果を招いているのです。

アーケード版を遊んでいた私はファミコン版マッピーが非常にせせこましいゲームに感じられて仕方ありませんでした。それでも移植する際に絶妙な細かいアレンジが為されていた事で、マッピーと云う作品の価値が落ちないようになっている努力も感じられました。これはナムコットシリーズ全般に施されている美点ですね。
操作性も良く、家庭用ならではの難易度調整、グラフィックスとサウンド関係もファミコンではこれ以上は出来ないだろうと云うところで完成されています。
アーケード版ではドアダッシュする際にアイテムが取れないと云う不備も改善されています。

トータル売上71万本。

アーケード版の記事はコチラです
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2005/04/post_39f2.html

それとあまり語られないところですが、家庭用ゲーム機にアーケード作品が移植されると、モニター解像度が低い関係からゲーム性がマイルドになると云う特性があります。
現在の家庭用テレビ環境では起こり得ない事案でしょうが、ここにはゲーム性の秘密を紐解く鍵が眠っていると云えるでしょう。


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●クルクルランド
任天堂 1984年11月22日発売

固定画面アクションパズル物。面内に隠されている金塊を自機が通過する事で発見し、全ての金塊を出現させれば1面クリア。
自機は常に前進していて、十字キーを入れた際に軸を使い方向転換する事が出来る……と云う特殊な操作方法を持っています。二人同時プレイも可能です。

現在の目で見ると素晴らしいゲームシステムを持った作品だと分かるのですが、当時は操作方法が難しく感じられてすぐに放擲してしまいました。思うように自機を動かせるようになればかなり面白いゲームなのではないでしょうか。勿体ない事をしたなと今更ながら後悔しています。
時間があったら完全版であるディスクシステムの方で遊んでみたいと思います。


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●エキサイトバイク
任天堂 1984年11月30日発売

縦に4ラインの移動軸を持った横スクロールアクションゲームです。この作品も男子たちから絶大な人気を博していました。
スーパーカーブームほどではなかったものの当時の少年たちにおいてバイクもまた憧れの乗り物でした。引退したてのケニー・ロバーツもまだまだ大人気でしたし、邦画「汚れた英雄」のダーティーでエロティックな主人公を演じた草刈正雄にも密かに憧れたものです。

ゲームの方はWGPではなくモトクロス選手権なのですが、バイクレースである事に変わりはありません。これだけで心をがっちりキャッチされたも同然です。
遊んでみればゲーム内容もまた素晴らしく売上本数157万本の大ヒットを記録しています。

本作の発明は十字キーの左右で重心移動を行うと云う部分にあると思います。それに依ってジャンプする際の角度飛距離を調整出来るのです。また平地移動時にも重心を後ろに傾ける事でウイリー走行すれば、突起物を物ともせず走り抜ける技も可能となります。
程よいスピード感とテクニカルな操作から得られる充実感。上達する事で得られる大ジャンプの爽快感、オーバーヒート寸前のジレンマなど、全てが極上のゲーム性へと結び付いていました。

また当時のゲームでは珍しくなかったエディットモードですが、自分の作ったコースを遊ぶ楽しさ、他人に遊んでもらう際の感覚は至福の時を与えてくれました。

1人プレイ専用のレース物ではありますが、敵CPUとの競争などは今で云うマリオカートのイライラ感を提供せられて熱くなってしまいます。ファミコンオリジナルゲームひとつの頂点にある作品としても差し支えないのではないでしょうか。宮本茂さんの代表作のひとつであるとも考えます。

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2011.02.07

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 3

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●ギャラクシアン
ナムコ 1984年9月7日発売

ナムコが家庭用ゲームレーベル「ナムコット」としてファミコンへ参入した第一弾ソフトです。
原作であるアーケード版が発表されたのは1979年ですので、「ギャラクシアン」自体は既に過去の作品と云う印象で迎えられた感は否めません。それでもナムコが参入した事実は私たちに夢を与えてくれる朗報でした。アーケードで現在稼働しているアレが出るんじゃないかコレも出るんじゃないかと色めき立ったものです。

ビデオゲームが際限なく発展して行く最中に移植された為に時代後れと云うレッテルを貼られた本作ですが、誰が何と云おうと自社初の大ヒット作品「ギャラクシアン」を最初に持って来たナムコには敬意を表したいと思います。

アーケード版の記事はコチラです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/12/post_8.html


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●デビルワールド
任天堂 1984年10月5日発売

任天堂ファミコン初のオリジナルキャラからなるアクションゲームですね。企画は宮本茂さんだったと思います。
時代後れになりつつあったドットイートタイプのシステムに様々なアイディアを盛り込んだ佳作となっています。二人同時プレイが可能で「マリオブラザーズ」と同様に協力プレイしても良し、殺し合い(実際には邪魔程度)プレイもまた許容されています。

遊んでいてなかなか面白いゲームなのですが、良く出来た作品とは云えませんね。ドットイートタイプと云うもともとが苛々するゲームシステムであるのに、自機がアイテムを入手していないとドットを食べられないのが悪い部分です。強制的にスクロール方向が変化して行く事と合わさってテンポが悪くなってしまっています。とは云うものの毎日弟と飽かず楽しみながらプレイしていました。

スクロールを指示するのがボスであるデビルで、直接攻撃して来ないところがドンキーコングのコングと同じ役割を担っています。デビルが履いている赤ブリーフ同様かなり斬新な仕様ですね。後継作品が現れていない事から現在でも不思議なゲーム性を提供してくれています。


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●F1レース
任天堂 1984年11月2日発売

ラスタスクロールによる疑似3Dを用いたレース物です。本作は当時の少年たちから絶大な支持を受けていました。少なくとも私の回りでファミコンを所有している皆が必ず購入していたほどです。この当時レースゲームの最高峰は疑うまでもなくナムコ社から82年に発表された「ポールポジション」でした。そんなポールポジションのような3Dゲームが家庭で楽しめる……と云う意味合いが強かったと思います。私たちのような昭和40年代生まれの男子はスーパーカーブームの洗礼を受けて育った世代ですので、F1やスポーツカーには特に目がありません。
ゲーム内容もファミコンとは思えないほどの素晴らしい出来映えを誇っていました。美しい3Dグラフィックスが凄まじいスピードで迫って来るのですから夢中にならない筈がなかったのです。コントローラーを握る手と体が自然に左右へ傾いていた事でしょう。
しかしレース物にタイムアタックと云う概念がなかった為に飽きが早かったのも事実です。一過性のブームは流行熱のように直き冷めてしまいました。

トータル売上152万本。


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●パックマン
ナムコ 1984年11月2日発売

ナムコットシリーズ第二弾はキング・オブ・ビデオゲーム「パックマン」でした。とは云うものの原作であるアーケード版が発表された1980年から既に4年が経過していました。当時のゲーム少年たちからすれば今更感の漂うタイトルであったのも致し方ありません。販売本数48万本と云う数字もそんな印象を如実に物語っていると云えるでしょう。それでもプレイすれば面白いこと相違なくmy libraryに加えて置きたい一本でした。


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●ゼビウス
ナムコ 1984年11月8日発売

大本命の登場です。原作であるアーケード版の発表(1983年2月)から未だ続いていたブームはファミコン版の発売でピークを迎えたとしても良いと思います。ファミコン本体の普及にも一役買い初の100万本突破ソフトとなりました。トータル売上では127万本。

私の家庭もこのタイミングで本体を購入したのですが、これはゼビウスを遊びたがっていた弟たっての希望からに依るものでした。私はと云えばアーケード版を遊んでいたので移植版ゼビウスには大して興味がなかったと云わざるを得ません。それでもなかなか上達しないアーケード版の練習用としては良いかなと思っていました。

実際にファミコン版を遊んで見ると良く出来た移植だと感じられました。白いソルバルウや移動しないアンドア・ジェネシスに違和感を覚えたものの、弟と一緒に日夜楽しんでプレイし続けました。十字キーの押し過ぎで左手親指はぺちゃんこになり、そこには十字キーの跡まで印刻されていました。重ねてアーケード版も遊んでいた為にソルの位置が混合されて困ったと云う記憶もあります。

アーケード版ほどの完成度は有していないものの、「タイニー」が冠に付かないファミコン版ゼビウスは家庭で遊べる最先端のエンターテイメントだったと云えるでしょう。なんだかんだ云いながらも総プレイ時間ではアーケード版以上に遊んでいたかも知れません。
そうしてやや熱の冷め始めた頃に「コンプティーク」誌に例の無敵コマンドが掲載されたのです。このスクープはゲーム業界を揺るがす一大事件とも取れました。私個人の印象からすると、公にしてはいけないタブーを雑誌媒体が世間に顕わとしてしまった……と云うものでした。
コンプティーク誌が増刷を繰り返し重ねても本屋では常に売り切れ状態にあったそうです。それだけ衆目が集まったショッキングな出来事だったのです。

無敵コマンドとは云い条、実際にはデバッグモードの消し忘れだったようで、自機ソルバルウの当たり判定をなくす以外に、難易度変更やエクステンド設定の項目があります。

この隠しコマンドの発見によりファミコン版ゼビウスの寿命は完全に尽きてしまいました。ゼビウスの持つリアルな世界観がプログラムから為る虚構であったと気付かされた瞬間でもあったのです。せめて無敵設定の項目さえなかったら……と今でも残念に思ってしまいます。

アーケード版の記事はコチラです
(1)http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_14.html
(2)http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_19.html
(3)http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/11/post_20.html

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2011.02.06

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 2

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●ナッツ&ミルク
ハドソン 1984年7月20日発売

初のサードパーティーであるハドソン社の参入第一弾ソフトです。
グラフィックス、サウンド、ゲーム内容と全てがポップで愛らしい作品に仕上がっています。
しかし見た目とは裏腹に敵キャラクターであるナッツを誘導しながら行うジャンプアクションは案外シビアだったりします。

面クリアすると敵が画面下に落ちて水飛沫が上がる演出が良いですね。その後、自機キャラであるミルクと恋人ヨーグルが家に入りハートが出るところに夜の営みを感じさせられます。

ファミコンの初期に出たアクションパズル物として良く出来た作品ではあるのですが、直後に発売された名作「ロードランナー」の陰に埋もれてしまった感があります。


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●ロードランナー
ハドソン 1984年7月20日発売

アクションパズル物を確固たるジャンルとして定着させた名作ですね。当時この前年あたりからPC雑誌で本作のAppleⅡ版の紹介が頻りになされていました。ほどなくして国産PCに移植され、そのゲームとしての面白さ完成度は衆知遍くものなりました。しかしPCを所持していない多くのユーザーには未知の作品であったのも事実です。雑誌で見るこちゃこちゃしたゲーム画面と穴を掘って金塊を集める……と云う説明だけでは到底ロードランナーが持つ素晴らしいゲーム性は伝わって来ないでしょう。それでも諸手を挙げて行われる賞賛のレビューから未知への欲求は募るばかりでした。

そうした局地的なフィーバーが収まりつつあった頃に発売されたのがファミコンへの移植版だったのです。
私も友人に借りて早速プレイして見ましたが、成る程これは面白いと膝を打ち、全50面クリアするまで夢中で遊び続けました。

アクションパズルの雛形として語られるロードランナーですが、それまであったアクションゲームもパズル要素を持っていなかった訳ではありません(どちらかと云うとハードの制約から来る縛りで、ゲーム性をパズル的な部分に委ねなければならなかったと云う意味合いが強かったとは思いますが)。
ロードランナーの優れていたのはパズルを解く為にリアルタイムの操作を用意したと云う部分だと思います。特に秀でていたのは自機キャラクターが人型であったからではないでしょうか。ビデオゲームを創世記から知らない若い方は首を傾げるかも知れませんが、それまでのパズルゲームにはキャラクター性と云うものが殆ど存在していなかったのです。大体に於いてパズルゲームのキャラクターとはパネルに文字や図柄の描かれたアイコンに過ぎませんでした。そこにぬるぬるとリアルに動くランナーくんが現れたのです。AppleⅡ版のキャラは単色でかろうじて人間に見えるレベルのグラフィックスではありましたが、そのリアルに見えるアニメーションパターンはそれひとつで大発明であったとも取れる訳です。

そうして穴を掘り埋まると云うシステムにはリアルタイムが組み込まれていました。これも斬新な部分です。ビデオゲームに於けるパズルゲームのミスとは手詰まりか、若しくはトータル時間制限の消失と相場が決まっていました。
ロードランナーのルールであるレンガを掘り、それが一定時間で元通りになると云うシステムは、上記の手詰まりをなくすと云う効能を発揮しています。そこにグラフィックスとサウンドが加わり穴を掘るだけでも楽しいと思わせるゲーム性をも入手しました。
また個別のボタンで左右に穴を掘り分ける部分にはテクニカルな楽しさが内包されています。

その上で幾重にも穴を掘らなければ金塊を入手出来ないパズル要素が含まれる事で奥深さが生じ、敵キャラクターとの追いかけっこと云うアクション部分が加わります。自機の動きに応じて移動する敵キャラもまたアクションとパズルの融合となっています。またその上に敵キャラの頭に乗る事が出来るとするプログラミング上のシステムが新たなゲーム性をもたらしました。

誰もがそれまでに経験した事のないゲーム性を所持していたのが「ロードランナー」だったと云えるでしょう。

ファミコン版は左右への任意スクロールを取り入れていますが、この部分だけは残念な過失だと思います。キャラクターを大きく描く為のものでしょうが、ロードランナーの持つパズル要素のゲーム性をスポイルしてしまっています。スクロール開始位置の問題もあり、敵と出会い頭にぶつかってミスしてしまう事もしばしば。当時はこう云うものだと思って遊んでいたのですが、以後PC版をプレイして本来のロードランナーが持つゲーム性を知ってしまったが為に、どうしても采配ミスとしか思えなくなってしまいました。
それでも当時夢中になって遊んだロードランナーは私のゲーム人生に大きな影響を与えた無二の存在として輝き続けています。

トータル売上110万本。

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2011.02.04

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 1

以前ハード別にお気に入り作品を紹介したいと書いたので、その手始めに私の思春期とともにあった任天堂ファミリーコンピュータから行ってみたいと思います。「100」とは書いていますが、1000本以上の膨大なソフト資産を持つファミコンですから、自分が遊んだ数だけでも200は下らない筈です。逆に以後書きたいと考えている「セガMARKⅢ」や「PCエンジン」などは100に届かないでしょうね。

今回は多少なりでも資料的な意味合いを持たせるべく、ソフトの発売順に添って進めてみます。本当ならばアーケードを含めた全ハードを絡ませる事で、ゲームシステムの変遷発展を俎上したいところではあるものの、それをやってしまうと労力的な問題から記事が完成しなくなる可能性が高いので今回は諦めます。

量からして分割記事にせざるを得ないのですが、ブログである都合上、表示順から年譜が狂ってしまう不備が出てしまいます。まあ、これも今は仕方がないとして諦めます。取り敢えず軽い読み物程度に思ってお付き合い下さいませ。

先ずはファミコンの発売された1983年からバラエティに富むソフトラインナップが出揃った1984年前半までを書く事にします。


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●ドンキーコング
任天堂 1983年7月15日発売

当時の小中学生に於いて「ドンキーコング」はかなりのビッグタイトルでした。1981年に登場した原作であるアーケード版がロングヒットし絶賛稼働中であった事から、見た目もそのままに移植されたファミコン版はかなり魅力的だったと云えます。家庭用ゲーム機の専門誌などなかった時代だったので、夕食後家族団欒している時間帯に流れるテレビCMから口コミで広がって行ったと云う感じでしたね。本体の¥14800、ソフト一本¥3800(発売時)と云うのも玩具としては高額であり、親にねだろうが泣き付こうと簡単に買ってもらえる物でもありませんでした。コンピューターゲームがまだ文化として認められていなかった時代なので当然と云えば当然だったのでしょう。
実際私がファミコン本体を買ってもらえたのもこの1年後になります。それまでは裕福な友人の家で遊ばせてもらったり、飽き性の知人に本体を借りたりして過ごしていました。
また今では考え難いかも知れませんが、駄菓子屋で10分¥10みたいな商売も罷り通っていたものです。

友人の家で初めてプレイしたファミコン版「ドンキーコング」は本当に素晴らしい出来映えでした。好きな時に好きなだけ遊びまくっていたであろう友人は、原作の2面にあたる「50M」がないと生意気を云っていましたが、そんなものは些末に過ぎないと思えたほどです。まさしく家がゲームセンターになると云う夢想を提供されたのでした。ファミコンを買えばゲームセンターへ通う理由もなくなるのではとさえ考えました。

とは云うものの、遊んでいる内に「50M」がないのが気になって来ました。原作の縦画面がテレビ画面に合わせて圧縮されている事から来るプレイ感覚の違いも不満に結び付きました。原作の1面にあった「首吊り」と云うバグ技が通じないのには皆が皆文句を垂れていました。

結局ファミコンを買って貰えなかった多数派は、本物の「ドンキーコング」またはコピー基板である「クレイジーコング」を遊ぶ為にゲーセン通いを止める事もありませんでした。そして既に稼働していたアーケード版「ゼビウス」が少年たちの心を掴み始めていたのです。「ドンキーコング」は直きに過去の遺物として忘れ去られる運命にありました。

トータル売上88万本。


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●ドンキーコングJr.
任天堂 1983年7月15日発売

「Jr.」もローンチタイトルだったのですが、いまいち印象が薄いと云わざるを得ません。現在の目で見れば秀逸なシステムを持った作品ではあるものの、こと面白さに関しては前作の「ドンキーコング」までには及んでいません。
自機キャラクターの移動が緩慢で操作がやや煩雑だった事が原因でしょうか。

続編物として捉えると、かなり研究されて作られている事が分かります。
ゲームの進行が右方向から上に登って行き、ゴールである左上に到着するシステム。シビアとまでは云えないものの万能とは取れない絶妙なジャンプシステム。軌道上を移動している敵とそのランダム処理。リスクを伴うがテクニカルな地形ショートカット。固定攻撃アイテムの利便性など。これら全てが「ドンキーコング」を踏襲している部分ですね。

ゲーム性も類似している事から詰まらなく感じる訳でもありません。ただキャラクターが大きい為にプレイフィールドが狭くなり、前作にあった冒険心を感じられなくなっているのではないかと思います。近くにあるゴールなのになかなか辿り着けないと云うジレンマも内包されています。キャラクターが大きくなった事でダイナミズムが欠如したとも取れるでしょう。

ツタやロープ周りの移動システムなどは斬新で素晴らしいものの、重々しいキャラ操作性が減点を余儀なくしてしまった残念な作品だとも思います。
それにしても続編の自機キャラクターが敵ボスの息子と云うのは面白い発想ですね。無理矢理かも知れませんが夏目漱石の著作に例えると、始まりのドンキーが「三四郎」、発想の転換でJr.が「それから」、微妙なドンキー3が「門」みたいな感じでしょうか。


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●ポパイ
任天堂 1983年7月15日発売

ファミコン本体と同時販売された3作品はいずれもアーケードの移植作品でした。その中で最もマイナーなのがこの「ポパイ」ですね。ゲーセンで見た事はあるけれど遊んだ事のない……または遊ぶ気がしなかったゲームでもあります。
しかしやって見れば良好な操作性と牧歌的なゲーム性でなかなか楽しませてくれます。でも殆ど印象にないと云う事はあまり遊ばなかったんだろうなあ。


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●マリオブラザーズ
任天堂 1983年9月9日発売

「ゼビウス」が出るまで最も遊んだファミコンソフトが本作でした。二人同時プレイを世に知らしめたゲームの第一人者としても有名ですね。私の場合は弟と日々「殺し合い」プレイに勤しんでいました。放課後にはゲーセンで同級生とアーケード版を「協力」プレイしていたのでマリオ漬けだったと云っても過言ではありません。

ファミコン版は原作であるアーケード版に較べると、敵キャラクター「つらら」が削除されている、ボーナスステージの種類が少ない、難易度がかなり低いなど物足りない部分があったものの素晴らしい作品として光り輝いています。

一人で遊んでも充分に楽しい内容でカウンターストップするまで遊び続けるのが日課ともなっていました。今でも大好きな作品です。

トータル売上163万本。


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●ベースボール
任天堂 1983年12月7日発売

ファミコン初のスポーツ物です。ファミスタ以前の野球ゲームなので、現在に遊ぶと全く面白さが見出だせません。自分で選手を操作していると云う感じが希薄だからでしょうね。当時はかなり楽しめたのですが……。

とは云うもののトータル売上235万本。みんな野球ゲームに飢えていたのです。


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●テニス
任天堂 1984年1月14日発売

「ベースボール」と違ってこちらは今でもそこそこ楽しめます。操作するのが選手一人で直接的なレスポンスを感じられるからでしょう。ここから考えるに、スポーツゲームの善し悪しとは実際のルールを如何に上手くシステムに落とし込めるか、そうして恰も自分がプレイしているかの如く直接的な操作を体感出来るかに掛かっているのではないのかなと思います。これが最も成功しているのは「Wiiスポーツ」のテニスですね。

トータル売上156万本。


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●ピンボール
任天堂 1984年2月2日発売

スポーツ物の次はテーブル物です。ユーザーの裾野を広げたいとする任天堂の戦略が見えて来ます。実際には「ポパイ」の後に「五目ならべ」「麻雀」が発売されており、「マリオブラザーズ」の後には「ポパイの英語遊び」「ドンキーコングJRの算数遊び」と云う軽い教育ソフトも出ています。お父さんお母さん個々に購入を促す建前までも用意してくれているとは素晴らしき哉任天堂ですね。

「ピンボール」もラインナップを揃えると云う意味合いの強いソフトだとは思うのですが、これがまたどうして素晴らしい出来映えを誇っています。
上下2画面の切り替えスクロール。ボーナス面の画面切り替えと変わった体裁を持っています。役は最低限しかなくやや単調を提供するも、十字キーとボタンを個別フリッパーに割り当てた操作性が抜群で、ボールの挙動も充分にリアル。なんとはなしに延々と遊び続けていられる作品でした。


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●ダックハント
任天堂 1984年4月21日発売

別売りオプションである「光線銃」の専用ソフト第二弾です。第一弾は2月に発売された「ワイルドガンマン」。第三弾は6月の「ホーガンズアレイ」となっています。この光線銃シリーズも初期のファミコンを彩る名作ソフトと云えるでしょう。企画は横井軍平さんだったと思います。

いずれも任天堂らしく操作性に優れた作品となっていてストレスを感じさせないゲームに仕上がっています。独りで黙々と遊ぶ類のものではなく、家族団欒の中にあってファミコンが持つコミュニケーションツールとしての底力を知らしめる役割を担っていたとも考えられます。コンピューターゲームに理解がなく興味も見出だせずにいたお母さんお婆ちゃんでも見ているだけで楽しめる明解さを所持していたのではないでしょうか。
ゲーム内容よりも80年代の温かいお茶の間を思い出させてくれる懐かしい作品です。


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●ゴルフ
任天堂 1984年5月1日

「五目ならべ」「麻雀」に次ぐおっさんキラーの大本命ソフトです。
私は当時中学生でゴルフ自体に興味はありませんでしたが、本作の面白さに魅せられて以後テレビ中継まで観戦するようになりました。
1画面に収められた情報をもとに飛距離を計算する知的攻略要素、ショットの強弱を決定するアクション要素が高みで融合されたスポーツゲームの傑作ですね。これに風と云うランダム要素が加わる事で長い間飽和感を覚える事なく楽しめました。
ゲージを移動するカーソルのタイミングでショットの強弱、フック、スライスを打ち分ける操作システムはひとつの大発明と云えるでしょう。
後年販売本数が246万本と云うのを雑誌で見て驚きました。おっさんパワー侮れませんね。


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●ドンキーコング3
任天堂 1984年7月4日発売

ドンキーコングシリーズで最もマイナーな作品でしょうね。内容はナムコ社の「キング&バルーン」に類似した固定画面シューティング物に変わっています。
アイディアとして面白い部分を持っている作品ではあるのですが、ゲームとしてあまり楽しくないと云う印象です。
これには原因理由があって、面クリア条件が複数ある事が大きいと思います。
ドンキーコングを撃ち続けて画面上部まで追い遣る。一定数のザコ敵を倒す……このどちらか一方でも満たせば面クリア出来るのですが、プレイヤーからすると曖昧なクリア条件に見えてしまうんですよね。
また、ドンキーを集中砲火するとシューティングとして面白くないし、ザコ掃討は本作のシステムからすると味気ない……。そして何よりもシューティングゲームとしての爽快感がないのが致命傷。
これは画面上に存在するザコが少ない事と効果音が適切ではないからでしょうね。効果音に関して云えば、自機の武器ショットが殺虫スプレーと云う設定に縛られて、万人が持つイメージに従順と化してしまったからの失敗と云えるでしょう。泡みたいなショットで虫を「シュッシュッ」と倒しても面白くなる訳がありません。効果音をグラディウスのそれに差し替えてみたらもう少し面白くなりそうだと思えませんか?

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