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2011.02.27

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 12

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●アストロロボSASA
アスキー 1985年8月9日発売

アスキー参入第一弾ソフト。原作は前年に発売されたMSX版らしいのですが、雑誌等でも画面を見た記憶がありません。かなりのマイナー作品だったのでしょうか。

とは云うもののゲーム自体はなかなか楽しめる内容となっています。操作方法が変わっていて、自機は手持ちの銃を撃った反動で慣性移動するシステムが取られています。要は右を向いて弾を撃つと左方向に、下を向いて弾を撃つと上に移動すると云うものです。ここに重力と慣性が働いている為、どうにも思ったように操作出来ない面白さともどかしさが同居しています。

面クリア条件がエネルギーパックを全て入手する……となっており、敵キャラクターはちょっとした障害物程度の扱い。自機の操作移動がメインのゲームと云えるでしょう。

2人同時プレイが可能で1人で遊ぶよりも数段楽しく感じられる仕様となっています。現在でも2人協力プレイする事を前提にプレイするのなら、かなり盛り上がれる作品だと思います。最終面の宇宙(無重力)はプレイする価値のあるものとなっていますよ。


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●内藤九段将棋秘伝
セタ 1985年8月10日発売

セタ参入第一弾ソフト。ファミコン初の本格将棋作品です。
私らの世代(1970年生)ですと子供の頃はまだコンピューターゲームと云うものが一般的ではありませんでした。新しもの好きの叔父が購入したOdyssey100が自宅にあったものの、それほど夢中になって遊んだ記憶もありません。
小学校高学年の頃に任天堂ゲーム&ウォッチが発売されるまでは、ゲームと云えば「人生ゲーム」や「オセロ」に代表されるボードゲームかトランプ、そして「将棋」と相場が決まっていました。

特に将棋はクラスの男子ほぼ全員が嗜んでいた高級な趣味と云う位置付けにありました。休み時間はもとより放課後、休日を惜しんでまで没頭していたほどです。歴戦の棋譜まで憶えている輩は少なかったものの、誰もがルールを把握しておりいつでも対局出来る状態にありました。

しかし中学校に進みファミコンが普及し出してからは、とんと駒に触れる機会もなくなります。まあ、思春期を迎えますと他にも色々と興味の対象が移ろって行きますから仕方なかったのかも知れません。
それでもたまに将棋を打ちたいなと思う事があります。でも相手がいない。そんな歯がゆい思いをしていた時期に発売されたのが本作「内藤九段」だったのです。私の周りにもそのような思いを抱いていた人があったようで、幾人かの友達も本作を購入していました。

ファミコン初期の将棋物として悪くない出来映えだったのですが、CPUとの対局は味気なかったと云わざるを得ません。そこそこ遊んでは見たものの直き飽きてしまい、友人に貸したあとは消息不明となってしまいました。
ファミコンで将棋をやるくらいなら、ファミコンならではのコンピューターゲームを遊んだ方が良いに決まっている……と云う結論を当時の私は出したのでした。


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●ゲイモス
アスキー 1985年8月28日発売

ファミコン初の本格的3Dシューティングゲーム……を謳い文句に宣伝されていたと思います。雑誌紹介記事に載っていた巨大ボスはなかなかの迫力でしたが、期待感の込み上がって来る作品には見えませんでした。
実際にプレイしてもその通りで、脂身の少ないベーコンのような味気なさをしか提供してくれません。対空、地上攻撃の別ボタン割り振りや巨大ボス、敵キャラクターのデザインに「ゼビウス」の影響を見て取る事も可能なのですが、模倣作品にさえ見えない駄作ぶりです。

ファミコンの性能で3Dゲームを作る無理があったにしても、ゲームとしての面白さが欠如し過ぎています。これは開発の力不足以外の何物でもありません。ゲーム性の高い3Dシューティングを作る勘所が分かっていない為の過失と云えるでしょうね。

ゼビウスを3Dにしたらさぞや面白いだろうと云う発想は分かります。だとするならば、3Dでありながら2Dのゲーム性を組み込まなければならないのです。
2Dシューティングゲームが面白いのは、ショット射線上の敵を必ず倒せると云う決まりがあるからです。広大な3D空間でこの法則になぞらえたゲーム性を構築するのは容易くないでしょう。しかしアーケード版「スペースハリアー」のようにショットの当たり判定を見た目以上に大きくし、或る程度の誘導弾にする事で近いものは入手出来ます。
またアーケード版「アフターバーナー」のように主力武器を初めから誘導弾としてしまう冒険も可能です。
このような研究と勉強する姿勢がない限り面白い3Dシューティング物など作れる筈がありません。この点で「ゲイモス」は箸にも棒にもかからない低能な開発者が作った糞にも等しい駄作となっているのです。


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●10ヤードファイト
アイレム 1985年8月30日発売

原作は1983年に発表されたアーケード版となっています。1986年頃まではゲームセンターでよく見掛けたロングヒット作品と云えます。

日本では未だ馴染みの薄いアメフトを題材としたゲームなのですが、簡略化されたルールとゲームらしい進行具合が上手に組み合わさった作品として良く出来ています。
スピード感もなくキャラ操作が重いにも関わらず熱くなってしまうんですよね。敵に捕まった際レバーに多くの入力信号を送る事(所謂レバガチャ)で、敵を振り払うシステムを取り入れた最初のゲームかも知れません。

基本的には味方を敵に引っ掛けて不利な状況を消して行く内容なのですが、上手くなると1キャラのみを操作してタッチダウンするようになってしまいます。でもこれはこれでアメフトの醍醐味だから構わないのかな。


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●バトルシティ
ナムコ 1985年9月9日発売

原作は同社から1980年に発表されたアーケード版「タンクバタリアン」となっています。
個人的に大好きな作品で弟と2人かなり長い期間楽しませていただきました。ファミコンの性能に見合った家庭用ならではのゲーム内容も高く評価されて然るべきでしょう。

「ワープマン」とは二卵性双生児と云うか異母兄弟と云うか、古い作品のリメイクと云う出所、ゲーム内容も一致している部分が多いですね。
しかし「ワープマン」が佳作にも成り得なかったのに対し、「バトルシティ」が現在も多くの人の心に残る名作として語り継がれているのは何故なのでしょうか。

これは単純にゲームルールの明確化に他ならないと考えます。
「ワープマン」は漫然と規定数の敵を倒す事が目的であるのに対し、「バトルシティ」は味方司令部を守りながら規定数の敵を全滅させなければなりません。この縛りがある為に行動の自由が制限される=目的意識(明確化)が高まっているのではないでしょうか。

「城は攻めるよりも守る方が難しい」とは七人の侍リーダー勘兵衛の言葉ですが、迎え撃つ側だからこその制限が創意工夫を生み出します。そうして守る対象が判然としていればいるほど狭い自由をも貴重なものとし、目的の為の緊張感が高まります。そうして目的を果たせなかった時には否が応にも自刃を選ぶ他ないのです。

上の記述は少し大袈裟にですが「バトルシティ」のゲーム内容を文学的に語ったものです。ややともすると自機のミス以外でゲームオーバー条件のあるゲームと云うものは敬遠される傾向にありますが、本作に限ってはシステムとして大変良く機能していますね。
他にも三段階のパワーアップ、アイテムのランダム要素、あまり賢くない敵アルゴリズム、必要最低限ではあるもののセンスの良い記号的グラフィックス、効果音のみのサウンド……いずれもゲーム内容と合致していて外せない要素となっています。アクションゲームと云うよりは場所取りが重要な戦略ゲームとしての傾向が強い為、大人でも楽しめる作品だと思います。
オリジナル作品ではないけれど、これぞ家庭用ファミコンゲームの鑑であるとしても云い過ぎではないでしょう。

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