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2011.04.11

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 40

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●ザナック
ポニーキャニオン 1986年11月28日発売(FCD)

原作は同年に発売されたMSX版でファミコン版はその豪華アレンジ・バージョンとなっています。両者とも開発はコンパイル。

ファミコン・シューティングゲームの最高傑作であり、延いてはビデオゲーム・シューティングの頂点と云っても過言ではないほどの完成度を誇っています。
その完成度は計算されて作られた類のものではなく、突然変異的に生まれたと見るのが妥当だと思われます。

MSX版で完成していたゲームシステムに、ファミコンのスプライト機能を限界まで使い切ろうと大量の敵キャラクターを表示させて見た……ここに制作側が意図していなかったゲーム性が生じたのではないでしょうか。
このように考えた理由は幾つかあるのですが、最もそう思わせるところとしてゲームバランスが余りにも神懸かっているのです。

敵の放つ弾を相殺出来るシステムと自動難易度調整のAIを搭載しているにも関わらず、絶妙な難易度を全面に渡り維持し続けている事実には、人智を越えた何かを感じさせて止みません。

オリジナルであるMSX版も良く出来た作品ではあるものの、素人臭さの残る風変わりなシューティングゲームの域を出ていません。
ファミコン版も基本ゲームシステムが同様でありながら、別次元の面白さを入手してしまったと見るのが自然だと思います。
その証拠には以後「ザナック」のゲームシステムを踏襲した続編やその流れを汲む作品が同社から多くリリースされていますが、同等以上の面白さを持つ作品すら作られていない事実でも説明が付きます。

以前にも書きましたが、私はビデオゲームと陶磁器の制作過程は類似していると考えています。
粘土を捏ねて形にしている段階がゲームで云う企画段階。竈で焼く行為がプログラム作成と云えるでしょう。
粘土で形作る原型は陶工の手で納得するまで行えるものとして、かたや竈の中では炎と灰、薪や土、また置き場所と並べ方でも器物に様々な色の変化をもたらします。
企画書の上ではこのようなゲームとしていても、プログラムに組まれる事で偶発的にゲーム性が変化する……私はこれを「ビデオゲーム窯変説」と呼んでいます。

ビデオゲームに限らず芸術の分野に於いて「脳の中身」を寸分違わず現実に形として作り出せる人間は稀有な存在です。
特にビデオゲームは未だ歴史も浅く、ゲーム性の研究さえ行われていない未熟な芸術と云えます。その中で抽象的なゲーム性と云う核心を100%計算して作る事の出来る制作者は皆無だとしても云い過ぎではありません。
多かれ少なかれビデオゲームは制作の過程で「窯変」しているのです。問題はそれがどの程度に於いて良い方向へ偶発したかと云う事実です。

この点で「ザナック」はこれ以上ないと云うほどの素晴らしい「景色」を呈しているのです。

陶芸の世界では長い歴史の中で不確実な窯変ですら、ある程度に於いて操舵出来る技術が生まれています。ビデオゲームの世界でもゲーム性を勘所で計算して作れる制作者は存在しています。しかし、それでもまだ不確実な「何か」である事に留まっているのが現状です。
他の芸術分野を見回しても、その「何か」が解明されている事実は提供されていません。しかし解明出来ないものであったとしても芸術である以上は歩みを止める事は許されないのです。歩みを止めた停滞の先にあるのは斜陽から訪れる零落のみです。

ビデオゲームはその成立上、没落する手前でハード革新に救われて来た歴史を持っています。これからも当分はこの螺旋構造に助けられて行く事でしょう。だからと云って螺旋の芯に当たる「ゲーム性」の研究を怠ってはいけません。
現在行われているゲーム制作は、企画書と云うにはお粗末な仕様書と、見様見真似が許されたソースを元に、平均的な能力をしか発揮出来ないサラリーマンが開発室にたむろっているだけのように感じられます。

名のあるクリエーターはプロデューサーと云う立場に収まり踏ん反り返るばかりで、「ゲーム性」とは何かを考える機会さえも自らに与えていない事でしょう。
大手メーカーは商業を第一に据える必要から、商品と云う小品を垂れ流すプログラムピクチャーとしての役割しか担っていません。または海外から商品を買い付けするだけの目の効かないブローカーと化しています。

これからを担う若手クリエーターたちの意識も低く、中身も分からずに「ハリウッド映画が目標」と臆面もなく云い放っています。ハリウッド映画が世間迎合型の商品工場だと気付いてもいないのでしょうね。

話が逸れてしまいましたが、ビデオゲームは間違いなく芸術の一分野である側面を持っているのです。次世代機の登場以降、実質的に蔑ろにされているこの部分に意識を集中しなければなりません。事実、国内ゲーム作品の質が下がり続けているのは、ゲームの核心である「何か」を軽視してしまった弊害であるのは確実なのですから。

ビデオゲームファン並びに制作者の方々は、MSX版「ザナック」とファミコン版「ザナック」の相違点を今一度研究して見ては如何でしょうか?

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Comments

ディスクカードの1面で収まるのも素晴らしかったですね。
書き換えなら500円も。

Posted by: | 2011.04.11 at 01:03 PM

ちすクリスです。バブシカさんまいど。元気してるかな?

コメントネタがようやっと書き終わりました(^^。
正直途中でかなり長期間書かなかったりしたことも
ありましたが、

 過去最長のネタ

になり、ある意味満足しております(^^。
明日の夜アップ予定です。
バブシカさんのコメントを思うと、ヌルいというか、
手抜き過ぎかも知れませんが、お返事と言えなくもない
ところもございますので、ぜひ見に来てやってください
ませ(^^。

ではでは!

Posted by: クリス | 2011.04.23 at 02:18 AM

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