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2011.04.01

My Favorite Game 100 ファミリーコンピュータ編 35

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●スカイキッド
ナムコ 1986年8月22日発売

原作は1985年に発表されたアーケード版となっています。当時のACゲームに比較するとグラフィックス、内容ともにかなり物足りない作品でした。
業務用ハード性能が爆発的に向上して行った時代。ファミコンへ移植出来るネタがなくなって来た事で、無理をせずに移植可能な作品を低スペック基板でリリースしたのではないか……と穿った見方をしていました。
実際の基板性能は「パックランド '84」「バラデューク '85」「メトロクロス '85」あたりと同等です。どちらかと云うとスプライト表示の問題を克服する為に、キャラクターを小さく描く事が重要だったのかも知れません。

実際の事実関係は分からないものの、「スカイキッド」はファミコン向けの作品として良く出来た移植物となっています。
省略された部分もありますが基本的なゲーム内容、最も重要なゲーム性に関しては素晴らしい出来映えを誇っています。
当時は旧態依然としたゲームに見えた本作も、風評を拭われた25年後の現在にプレイして見ればなかなか楽しめる佳作と感じられます。ナムコ初の二人同時プレイ可能作品としても良く考えられていますよ。

アーケード版の記事はこちらです。
http://babsika.cocolog-nifty.com/okiniiri/2004/12/post_15.html


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●機動戦士Ζガンダム・ホットスクランブル

バンダイ 1986年8月28日発売

ファミコン初のガンダム版権物でゲームデザインが遠藤雅伸さん。発売前から期待に胸を踊らせていました。しかし残念ながら過度な期待は裏切られる結果に……。

遠藤雅伸さんは「ゼビウス AC1983」「ドルアーガの塔 AC1984」「グロブダー AC1984」「イシターの復活 AC1986」を手掛けたゲームデザイナーであり、日本で初めて表舞台に姿を現したゲーム制作者でした。
NHKのテレビ番組などにも出演し「新人類」の旗手としても取り扱われていました。
雑誌インタビューも多くこなしており、コンピュータゲーム総合誌「Beep」では氏の特集号まで編纂されたほどです。この号は氏のレベルデザインや思想を知るには第一級の史料(当時または表向き)となっており、私は雑誌が刷り切れるまで読み耽りました。

私の考えるところだと、氏は一級のシステマイザーであり、超一流のグラフィックデザイナーであります。
斬新な企画とゲームシステムを構築する術に長けており、他の追随を許さないほどハイセンスな美術をビデオゲーム内で作り上げていたと云えるでしょう。
当時の私は映画の勉強を始めた頃で、同じく斬新な企画と完成された美術を構築する「黒澤明」監督と「遠藤雅伸」氏を同列の「先人」として尊敬していました。

「機動戦士Ζガンダム・ホットスクランブル」は遠藤氏が初めて手掛けた家庭用作品と云う事で、どのようなゲームになるのか非常に興味があり、同時に本気で期待していたものです。発売前に雑誌で紹介されていた3Dシューティング時のスクリーンショットは、なかなか素晴らしい出来映えに見えて期待を膨らませるのに十分でした。

しかし実際に発売された作品は中途半端な3Dシューティング面と旧態依然とした2D迷路面が組み合わされた駄作を過ぎず。
ゲーム内容よりも迷路面のグラフィックスがあまりにも酷すぎる事から、これは遠藤氏の作品ではないのではないかと疑惑が生まれました。これまでの氏の作品からすると迷路面のグラフィックスは有り得ないのです。先ずセンスが悪い。これに尽きるのですが、氏の作品から感じられる美の法則性が見られないのが一番の理由となります。
ほどなくして雑誌で迷路面はあとから付け足したと云う記事を読み納得はしたものの、そうすると今度はゲームシステムが氏の構築したものだとは思えなくなりました。
3D面2D面ともに曖昧な印象が付き纏うそれは、決してシステマイザーたる遠藤氏の手に成るものには見えません。

これは後日インタビューで明らかとなったのですが、製品版の前に作られた「Zガンダム」があったと云う事です。
それは3Dシューティング面に特化した作品で、かなり高度な三次元空間で織り成される一人称視点のゲームであったとの事。
しかしバンダイの用意した小学生のテストプレイヤーからの不評を理由に、現在残されている形に改変し発売されるに至った……。それでも本作は売上本数40万本のスマッシュヒットを記録してはいます。

これ以降も遠藤氏は家庭用の作品を作り続けて行きますが、業務用アーケードゲームの頃に見られた斬新さと云う名の切れ味と、当世一流のグラフィックセンスを発揮し得なくなってしまいました。
ハードの性能、家庭用ゲームとしての制作方法の違い、氏の思想の変化など色々理由はあると思うのですが本当に残念でなりません。氏のような天才肌の作家は最前線にいてこそ真価を発揮するものと思われます。氏が現在行っている携帯コンテンツの仕事はそれはそれで最前線であるのでしょうが、発想を具現化するには縛りが多すぎる土俵と云えるでしょう。その場だけで消費され忘れ去られて行く作品よりも、ゲーム史に永遠に残る仕事を続けて欲しかった。ゲーム制作会社社長及びプロデューサーではなく、一ゲームデザイナーの立場を貫き通して欲しかった。そうして氏の作り出して行く芸術作品の変遷を追いたかった……。
これが遠藤雅伸ファンである私の個人的な願望であり叶わない夢でもあったのです。

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