2006.12.23

ナルニア国物語

Narnia

今年3月に公開されたディズニーの実写映画です。
原作は英作家C・S・ルイスの児童文学で、世界的にも「指輪物語」に継ぐ知名度を持っています。

かなり昔から映画化の話は出ていましたが、今回やっと実現した最大の理由は「指輪物語」の大ヒットを受けてのものとして間違いないでしょう。
壮大なファンタジー小説と云う部分で内容も一致していますし、実際に指輪の作者J・R・R・トールキンとの親交が強い影響を与えて、ルイスにナルニアを執筆させる機会を作りました。

キリスト教作家としても有名なルイスですので、ナルニアにもその思想が色濃く反映されているとする向きもありますが、これが作品の価値を上下させるものではありませんし、ひとつの文学を純粋に楽しもうとするのならば無駄な勘繰りに過ぎないと云えるでしょう。指輪物語を第二次大戦になぞらえて読む無粋にも通じます。こう云うものは批評家に任せておいて、私たちは自分の持つ好悪の感だけを信じて作品を評価したいものです。


映画版「ナルニア国物語」なのですが、正直云ってあまり良い出来映えとはなっていません。
内容自体は原作を或る程度忠実に再現しているので楽しめない事もないのですが、映画としての表現方法が稚拙の域を出ていないのです。ここに映画版「指輪物語」の悪い影響が読み取れます。

今回の映画化に於いてディズニーが最も腐心した部分は、原作「ナルニア国物語」を忠実に再現するのではなく、映画版「指輪物語」の雰囲気を模倣する事だったのだと思います。
具体的には映像表現の模倣を目指しています。
人物と風景の構図、カメラの位置、色彩、コマ送りコマ落とし……羅列していたらキリがないほどです。先ずは分かり易い映像を真似て「指輪物語」の客を引き込もうと云う商業的戦略があった事が窺えます。

また「指輪物語」自体が世界的な大ヒットを記録したものの優れた映画とはなっていません。シナリオは適度にあくまで適度に完成されていますが、やはり映像表現が稚拙で人物を絡ませた構図の均衡が取れていません。特撮部分にはこれまでになかった表現力が認められるものの、色彩に単調と云う負が目立ち過ぎています。
本来ならば特撮の負をカバーしてくれるであろう役者の演技がまた最悪の部類です。そうして監督ピータージャクソンが輪を掛けたドサンピンなため、ドラマを強調させようとしてコマ送りを多用する事で観客を辟易させてくれてます。

内容としては、三部作に分けたものの元が長編小説なので描き切れない部分があるのは分かります。しかし原作を底まで読み切れていないせいで、まだまだ全然無駄が多すぎるのです。
映画版「ハリーポッター」の第一作目も同様な罠に陥っていてダイジェスト版の様相を呈していると云えるでしょう。

ここに人気原作ものを映画化する難しさが潜んでいますね。
忠実に従おうとすれば尺によるハードの限界が出て来ますし、二時間に集約しようとすれば、最悪原作を知らなければ内容が理解出来ない映画となる可能性もあります。
また原作を借り映画として完成させたらさせたでファンが納得しません。原作Sキング「シャイニング」に於けるキューブリックの映画版など。
また黒澤明「八月の狂詩曲(原作は鍋の中)」などは原作者が文藝春秋に批判文を書いていましたね。

これってゲームの移植版にも云える事なのですが、そのハードに則った作品をオリジナルとして作るに越したことはないと云う訓戒とも受け取れませんか?

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2006.09.19

結婚できない男

Abekan

私は普段からテレビを見慣れない方でして、見るとしてもニュースかスポーツ番組、NHKのドキュメンタリーにしか楽しみを見出せない質であります。
しかし、偶然目にした「結婚できない男」のスポットCMから内容に心惹かれて、七月から毎週火曜日の放送を楽しむようになりました。テレビドラマを飽かず見続けるなんて中学生の時以来かも知れません。

物語の内容を簡単に要約すると、
性格に難のある40歳独身の建築家(阿部寛)が、ひょんな事から女医(夏川結衣)や隣人の女性(国仲涼子)、その飼い犬ケンなどと知り合う事で人間らしさを取り戻して行き、自らを振る舞える当然の権利に許容と諦念を発揮していた結婚に向けて歩み出す……と云ったものとなっています。

人気タレントありきの突飛で偽善に満ちた「サプリ」のような企画ではなく、平坦な日常に精神の変遷を描いて行く内容ですので、どちらかと云えば30オーバーの大人をターゲットとした作品と云えるでしょうね。
内容も大変興味深く面白いものなのですが、特筆すべきは脚本が良く出来ている事に尽きます。

テレビドラマの脚本は得てして技術力や意識が低く、見ていて辟易を催される事が多いと思います。
不自然な会話、繫がらないシークエンス、安直なナレーション、お約束としての陳腐な表現……挙げたらキリがないほどです。
その点「結婚できない男」は演出に於いてのお約束で多少興醒めされられる部分もあるのですが、自然な流れとシーン間の繋がりに脚本として完成度の高さを強く意識させられます。近年映画でも見られないほどの巧みな脚本だと云えるでしょう。
尾崎将也さんと云う方が書いておられるようですが、ちょっと調べて見たら色々な良い仕事をしていますね。

その脚本をより良く感じさせているのが主人公を演じる阿部寛さんの演技です。
二枚目と三枚目、そして変人を思わせるキャラクター像は決して簡単なものではないと思うのですが、自然に楽しんでいるところが見えて好感が持てます。
また夏川結衣さんの演じる女医が最も難しい役所となっていますが、これも心の振幅を嫌みなく見せて成功しています。

1クール12話完結のストーリーにするには多少無理があると思える内容にも取れるのですけど、台詞がない部分の細部に心理描写や伏線が見えるからか、通常テレビドラマにありがちな不自然は提供しませんね。

今日19日が最終話放送となっています。非常に楽しみにしているのですが、これが終わってしまうとまたテレビドラマからは疎遠になってしまうんだろうなあ。でも今迄馬鹿にしていたテレビドラマの脚本にもこんな力作があったのだと認識出来ただけでも収穫となりました。

以下が「結婚できない男」の公式HPです。興味がおありの方はどうぞ。
http://www.ktv.co.jp/shinsuke/

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2004.10.24

ran01.jpg

1985年に公開された黒澤明監督の27作目の映画です。

私が初めてリアルタイムで見た黒澤作品です。
それ以前から黒澤明が世界的な映画監督であると云う話はよく耳に挟むところでした。しかし未だ黒澤作品に触れた事のない私には何を以て世界的とするのかが理解出来ませんでした。
それどころか日本人が世界で評価されていると云う事実が不思議に思えて仕方がなかったのです。
当時の私は米国人が最も優秀で日本人は限りなく劣等なものだと信じていました。何故そう思っていたのかは判然としませんが、それまで生きて来た中での風潮と教育が原因であったと今では考えられます。

そのような疑問を抱えたまま「乱」を鑑賞しました。
160分の映画を見終わった私の胸中は言葉でなど表現し尽くせない感動と興奮で満ち溢れて、暫くは身動きも取れないほどでした。
同年代の中にあってはかなり多くの映画を見ていたと自負していたのですが、このような感動を受けたのは勿論初めてであり以後二度と経験する事はないだろうとさえ思えました。

「乱」の何がそれほどまでの感動を提供したのかと問われれば簡潔に答える事が出来ます。
「完成度」この一言に尽きます。
「乱」は全てが完璧に出来上がっていて破綻を感じさせなかったのです。ハリウッド映画で育った私は常に作劇上の嘘を感じてはいたものの娯楽と云う性質に妥協して今迄を過ごしていたのでしょう。
映画とは楽しめる事だけを前提とした虚構である。全ては「乱」に覆されました。それこそ価値観の崩壊とも云える衝撃を総身に浴びせかけられたのです。

ここから黒澤明を追い求める長い旅が始まりました。先ずは全作品を見る必要に駆られて、地元にある殆どのレンタルビデオ店に通う事としました。廃盤になったビデオは古本屋で探しました。序でに黒澤明の記事が載っているキネマ旬報も扱いの大小に関わらず買い漁りました。地方の団体が催す映画上映会にも出掛ける事を厭いませんでした。また黒澤明が見たとされる映画、読んだと聞いた書物も自らの物にしようと躍起になりました。

随分な労力を使ったのですが、'90年初頭に東宝が黒澤明の全作品をビデオ化するまで長く褒賞は得られませんでした。ただ私は大事な物を得た事実に気付きました。それは自らの行動力です。それまでの私は飽きっぽい性格もあって物事に拘泥すると云う事がありませんでした。しかし、そんな薄弱な人間でも夢中になりさえすれば前後もなく行動出来るのだと身を以て知ったのです。

私は幼い頃に父親を失っているので、その代わりに男と云うものを教育してくれたのは黒澤明だと今でも思っています。
白黒時代の黒澤映画からは強い男の在り方を学び、カラーになってからは男の弱さと悲しさを教育されました。黒澤明本人からも「駄目なものは駄目、良いものは良い」と云う態度を授かりました。

私の人間形成の大なるところを担う黒澤明との出会いを提供してくれた「乱」は作品の完成度とはまた別の次元で私にとって最も偉大なお気に入りだと云えるのです。

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2004.10.15

サクリファイス

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ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの遺作で1986年に公開されたフランス映画です。

タルコフスキーは世界的に見ても偉大な監督なのですが一般的にはあまり知られていないと思います。最も有名な作品は「惑星ソラリス」でしょう。これは最近ハリウッドでリメイクされましたが全くの別物だと思って下さい。およそ本来のテーマからは懸け離れています。
タルコフスキーの作風は哲学を映像で綴ると云うもので、一切の説明がないばかりか、過去と現在または夢と現実が混在している難解なものです。映画に娯楽を求める向きの方には退屈をしか提供しないでしょう。
しかし、少しでもタルコフスキーの世界を垣間見る事が出来たなら、彼の綴る美しい映像詩に時を忘れて夢中になる事と思います。

「サクリファイス」は自己犠牲の映画です。平穏な休日を過ごす家庭に突如核戦争の暗い帷が降り、家族を守りたいとする男が魔女と平和を取り戻す契約を結びます。その代償として男は最も大切である家を消失しなければならなかった…と云う内容なのですが、これが映像のみで語られて行くのです。
タルコフスキーの映画としては台詞も多く一義的な物語は把握し易い方だと思いますが、それでも昨今のハリウッド映画などとは比較にならないほど難解だとは思います。
上の要約も私が感じたままを書いただけなので、実際の物語と内容が合致しているかどうかは分かりません。

タルコフスキーの作品は他に「ノスタルジア」「鏡」「ストーカー」などがありますが、いずれも物語の説明をするのが困難なものばかりです。でもこれで良いのではないでしょうか。見るものに万別な印象を与えてくれる映画があるだけでも貴重だと思います。私達はタルコフスキーが綴る映像詩を見たまま感じたままに味わい、ただ共通の感動を受け取れば十分なのです。2時間ないし3時間の中で与えられた脳は理解しないでも、心に刻まれる感覚だけを大事に仕舞って置きたいものです。

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